●難病に画期的で高価な新薬の開発と保険制度
日本の医療制度の改革について、いろいろな話題が盛り上がっています。とりわけ薬については重要な議論が今、進行しています。なぜ重要かというと、薬が医療費に占める割合そのものが大きいことももちろんですが、それがかなりのスピードで膨れ上がってきたことも、世の中の注目を集めていると思います。
日本の薬の制度のあり方について、真剣に考えるきっかけになった出来事が一つあります。あるコンサルタントが私のところへ来て、「こういう薬があるのです」と、ある薬のことを紹介してくれたのです。
その時の話を正確に再現できるかどうか自信はないのですが、次のような話でした。神経や筋肉がうまく機能しなくなる難病があるらしい。筋萎縮症のようなものだろうと思うのですが、生まれたときから先天的に筋萎縮する病気があって、これまでは治療不可能な難病と言われてきました。生後すぐに亡くなってしまう方も大勢いらっしゃるわけですが、仮に生き残ったとしても機械につながれ、そのアシストを得ながら生命を維持していくことになります。
ところが、この病気を80パーセントほどの割合で完治させる薬が開発されたらしいというのです。この80パーセントの意味を私が正確に理解しているかどうかは分かりませんが、おそらく10人のうち8人には効く薬ということだと思います。患者にとっては非常な朗報です。難病ですから、おそらく年間に数十名程度の患者数しか出ないわけですが、その方たちにとっては命が助かるということで、非常に画期的なニュースです。
ところが一つ問題があって、1年間に7千万円かかるらしいのです。それだけ高い薬だということだろうと思いますが、毎年そういう難病の赤ちゃんが生まれてきますから、1年目の医療費だけでも、毎年7千万円×人数ということになります。これでも数十億の世界ですが、常識的に考えれば、なんとか助けてあげたいと思うわけです。
ところが、どうもそのコンサルタントの方によれば、こうした難病に効く薬が次から次へ出てきているらしいのです。バイオ製剤やゲノム解析により、新しい仕様がどんどん出てくるということで、それまでは諦められていた、非常に少数の難病に対して有効に働きかける医薬品が出てきているのです。
これらをどんどん取り入れることで、難病のために命の危険に直面している方々を救うことができるというメリットがあるのです。しかし、それを全部保険でカバーするとなると、医療保険がパンクしてしまうという問題があります。では、どこまでそういう薬を認めていくのか。どこからは難しいと仕分けるのか。それが政策的にも政治的にも、非常に重要な意味を持ってきているのです。
こういう視点から、日本の薬の制度をもう一度見直す必要があることは、おそらく多くの方が感じていることだろうと思います。
●湿布薬やうがい薬を「ついでに」保険で買う弊害
他方、日本の薬の現状をどう見るかというときによく取り上げられるのが、湿布薬や風邪薬、うがい薬のような例です。これらはドラッグストアへ行けば、OTC(一般用医薬品)として処方箋なしで購入できます。しかし、保険でカバーした形で処方してもらうと、市価の半額あるいはそれ以下で買えます。そこで、病院へ行ったときに、ついでに主治医に処方箋を書いてもらい、薬局で買うより安い価格で湿布薬やうがい薬を提供してもらっている患者が数多くいるわけです。
本人は安く買ったつもりでいるのですが、実は薬を買ったときの3割は個人負担、7割は医療保険で賄われます(高齢者になると、個人負担は1割、保険が9割です)。このように、本当はお金がかかっているけれども、医療制度の中で守られているという例があります。
死ぬか生きるかという非常に難しい病気について、これを保険で治してあげるのはよく分かる話です。個人で負担しようとしても、年間7千万円の薬剤費を払える人はほとんどいません。これを、制度によりみんなで守るのは一つの考え方だと思います。しかし、「ちょっと安くなるから」という理由で湿布薬やうがい薬を保険で賄うのは、少し考えた方がいいのではないかということになるのです。
●薬のパテント制度とジェネリック医薬品
したがって、日本の薬の医療保険によるカバーについて、焦点をどこに置くかが今、問われていると思いますが、問題はもうすこし深刻です。湿布薬やうがい薬だけであれば政治的な決断をすれば済む話ですが、実は日本の医薬品メーカーの主力の薬でも同じような問題が論点になっているのです。それが、ジェネリックをめぐる問題です。
新薬を開発するインセンティブを高めてもらうためにも、新しい薬を開発したら一定期間はパテントで守られていて、その期間は独占状態が続きます。...