●「健康経営」という考え方と背景
今回は、「健康経営」のお話をしたいと思います。
最近、「健康への投資」、「健康経営」といった新しい用語が目につきます。従来、企業の従業員の健康や医療に関わる企業の支出は費用と考えられてきました。しかし、最近、これらの支出は「費用」ではなく、企業にとって「成長への投資」という考えに変わりつつあります。
このような考えが出てきた背景の象徴的事例として、世界的な自動車会社であるアメリカのGMの経営破綻があります。破綻の原因の一つとして、従業員の医療費負担の重さが取り沙汰されました。アメリカの医療費や医療保険料が高いのは周知の事実ですが、その費用が車の製造コストに反映され、価格における国際競争力を低下させたというわけです。そのようなことも一つの契機となって、企業経営と医療・健康問題の間には重要な関連があることが認識されてきました。
●従業員の健康は企業経営に直結する
日本においては、高齢化や労働力人口の減少のスピードが、世界の中でも飛び抜けて速くなっています。さらに、あらゆる業種において人材不足が続いている深刻な状況になっています。そうした中で、従業員の平均年齢が少しずつ上昇しています。一般的に、年齢が高くなるにつれて病気にかかりやすくなる、つまりその危険が高くなるということです。そのため、従業員の健康を守ることは、結局企業を守ることにつながります。
ここで、労働者の健康問題の現状を見てみましょう。まず、労働者の義務として受けなければならない企業の健康診断における異常値の推移を見てみます。血中脂質、肝機能検査、血圧、血糖など、どの項目も異常値の増加傾向にあります。中でも血中脂質は特に増加しています。
また、就労の継続を脅かす疾病として、がんの死亡者数は年々増加傾向にあります。また糖尿病による死亡者数は1万3千人に上っています。これらの疾病の特徴として、薬の副作用や痛み等の体調不良や合併症に起因する生活の質の低下、疾病への不安や治療と就労の両立の難しさなどが挙げられます。
次に就労におけるストレス等の状況を見てみたいと思います。厚生労働省の調査によると、強い不安や悩み、ストレスがある労働者は50~60パーセントにも及んでいます。またストレスがある人の中で65パーセントが仕事の質や量の問題に、36パーセントが仕事の失敗・責任の発生等に強いストレスを感じているようです。
さらに厚生労働省の調査によると、心の問題により休業・退職等をしている人が社内にいる割合は、1000人以上の会社では88パーセント、500~999人の会社では81.2パーセント、300~499人の会社では64.6パーセントにも及んでいます。
●企業による健康診断実施の実態
このような状況の労働者の健康を守るために経営者に求められていることは何でしょうか。それは、健康診断の受診による健康状態の把握と企業にいる産業医・かかりつけ医等による保健指導・適切な医療介入です。 しかし、実際の企業による労働者の健康診断への取り組みは、次のようになっています。特定健診という保険者に義務付けられている健康診断の実施率は、中小企業の保険である協会けんぽでは42.6パーセントと、目標の70パーセントを大きく下回っている状況です。また、職域の医療保険における内臓肥満の該当者の割合は、協会けんぽのみで増えている状況です。これは、協会けんぽの加入者、つまり、中小企業等の就労者等への更なる対策が必要ということです。
さらに、事業場単位の事業者健診の実施率を見てみると、事業規模が小さくなるほど事業者健診実施率が下がる傾向にあることが分かります。これは、中小企業における労働者の健康の課題といえます。
●「健康経営」で悪循環を断ち切る
こうした状況において、このまま何も手を打たないとどうなるでしょうか? 生活習慣病、メンタルヘルスなど、健康状態に問題のある従業員が増加することにより、企業の生産性が低下します。そのことが質や価格に反映し、結果として企業のイメージが低下し、事業の継続性に大きな影響を及ぼしてしまうことにもなりかねません。
このような悪循環を断ち切るためには、まずは従業員の健康を守り、労働意欲を向上させることが重要です。それにより生産性が向上し、離職率が低下することにより企業のパフォーマンスが高まると同時に、従業員の医療費が減少することにより結果として、企業が負担する医療費も軽減します。これによって企業収益が高まり、企業価値が高まります。こうした好循環を生み出すために、従業員の健康に積極的に関与することがいわゆる「健康経営」なのです。そして、企業や従業員等が健康経営の取り組みのために、費用を使って健康増進・疾病予防に関したサービスを積極的に利...