●リクルート事件は非常に不幸なタイミングで起きた
質問 もし竹下登首相があれだけ早く失脚せず、中選挙区制が守られて省庁再編もなければ、90年代の日本はもっと良くなっていたのではないでしょうか。
白石 そう思います。中曽根康弘元首相は非常にうまいことを言っています。自分の秘書官に言ったらしいのですが、その秘書官がメモワールの中で書いています。中曽根首相は自分の後継者を3人の中から選びました。結局、竹下首相を選んだのですが、そのときこう言ったというのです。「これからはやはり内政が大事だ。だから内政をきちっと押さえられる人を後継者にした」と。
ですから、リクルート事件は確かにスキャンダルになるのは分かりますが、非常に不幸なタイミングで起きたのだと思います。だからアクシデントなのでしょうし、政治とは常にアクシデントです。
●イデオロギーで政治指導者を判断するべきではない
質問 その後、小泉純一郎首相が出てきて、そして安倍晋三首相によって安定的な政権ができ、ようやく良い方向に向かっているということでしょうか。
白石 ある意味では、日本の多くの人たちの期待値は、ものすごく低くなっています。この程度と言ってはいけないかもしれませんが、この程度の経済の活性化で選挙に勝ててしまうわけです。2017年の衆議院議員総選挙では小池百合子氏のオウンゴールもあったでしょうが。あと1年ぐらいのうちにデフレーションから抜け出せるという期待はあるのかもしれませんが、次の成長モデルが生まれたわけではありません。その点、もう若い世代に任せた方がいいのではないかと私は思っています。
また、安倍首相になって痛感したのは、結局、保守だとか何だとか言われていましたが、少なくとも彼の社会政策は相当プログレッシブです。つまり、イデオロギーとは無関係なのです。むしろ世代の問題ではないかと思います。もはやイデオロギーで政治指導者を判断するよりも、世代や得手とする政策分野で政治家を見るべきでしょう。
例えば、安倍首相は63歳です。次の後継者は、50歳ぐらいの人にすればどうでしょうか。そうすると、社会政策でも年寄り重視ではなく、もっと若い人重視の政策が出てくるのではないかと思います。そうすることで、社会そのものが元気になっていくでしょう。ものすごく乱暴な議論ですが、最近はそのように感じています。例えばフランスのエマニュエル・マクロン大統領の場合、政治経験はほとんどありませんし、言っていることは乱暴で相当苦労するでしょうが、あの若さは強みになるでしょう。
●韓国への借款は安全保障の問題だった
質問 先生は歴史をアメリカ、日本、アジアの三方から見ていますから、非常に興味深い御本になりそうです。
白石 やはりそのように見ていくと分かることもあります。例えば1980年、韓国で全斗煥政権が発足した際、日本から60億ドルぐらいの借款に成功します。鈴木善幸政権の時の外務大臣が、借りる方がこんなに威張っているなんて妙じゃないかと言ったことに対して全斗煥政権が怒っていたそうです。
しかし私からしてみると、ある種の道理には適っています。やはり北朝鮮関係で第2次冷戦が厳しくなる中、そうは言ってもアメリカにはもうかつてのような資金的な余力がありません。日本とアメリカ、鈴木総理とロナルド・レーガン大統領で話し合い、やはり東アジア地域では日本も応分の負担をせざるを得なくなったのでしょう。
そして、全斗煥大統領とレーガン大統領が話しをし、日本が負担を受け入れることになっているからと告げたのでしょう。こうしたことが分かってくれば、納得の行く出来事です。韓国側からすれば決して理不尽な要求ではなく、当然のつもりで借款を要求したはずです。これは安全保障の問題だったのです。日本の国内では、こうした事情はあまり知られていなかったのでしょう。しかし、中曽根康弘氏はそれを理解しており、総理になるとすぐに韓国に借款を提供しました。研究者ともかく、おそらく実務に携わっていた人たちはこうしたことを分かっていたからでしょう。
●今の状況は過去を振り返ってみるとよりよく分かる
白石 このように私が30代から40代の頃にどこまで分かっていたか分からないようなことを、もう一度インタビューや回顧録、研究書を読み直して、理解を深めているところなのです。今から振り返ると、「なるほど、こういうことだったのか」と分かることも随分あります。
『オンリー・イエスタデイ』を書き進めてみて気が付いたのですが、今われわれがいる状況は、過去を振り返ってみるとよりよく分かるのです。「あの時はこうだったが、今はこうなっているのはなぜか。それは日本が地盤沈下したからだ」というように、今を考える上で一種の鏡になっています。『オンリー・イエ...