●8月に行われる大統領選が、トルコ中の話題
皆さん、こんにちは。前回あるいは別の機会に申し上げたかもしれませんが、6月から7月にかけてトルコに行ってまいりました。
私のトルコ滞在中、歴史と政治に関わる一番大きな事件は、何と申しましても8月に行われるトルコ共和国の大統領選挙に関する話題でした。
選挙にはエルドアン現首相が立候補するのと同時に、他の二人の対立候補も立候補することになりましたが、特に注目されるのは、HDP(人民民主党)という政党からデミルタシュという人物が大統領に立候補する声明でした。
デミルタシュ氏とはどういう人かというと、クルド人です。所属政党であるHDPは、クルド人の政党に他なりません。クルド人の政党から候補者が出ることは、第一に、この人物がトルコの中のクルドの政治運動の代表であり、象徴的存在であると印象づける意味を持っています。
●クルド人の政党から大統領候補が出る意味
しかし、ある意味でそれ以上に大事なことは、HDPがクルド人だけのエスニックな民族政党であることから脱皮して、トルコ国民の政党、トルコ共和国の中の一つの政党という位置づけで自らを印象づけようとしている点です。
この政党の支持者はクルド人だけではありません。トルコ人の中でも、特に左翼的な考えの人々、社会主義者や行動主義者といった人たちもまた、この党の路線に賛成していると伝えられています。
大統領選自体は、現首相であるエルドアン氏が新大統領ということで成立するものと見られています。その場合、一つの目安はデミルタシュ候補がこの選挙において10パーセントないしそれ以上の得票率を獲得できるかどうかです。そうなると、エルドアン氏や新政府との交渉においてクルド人は、非常に有利な立場を得るのではないかとささやかれています。
●もう一つの話題はISILによるイスラーム国家の樹立
もう一つの大きな関心事。これはトルコにいたとき、そして日本に帰ってきてからの現実ともつながります。クルド人問題とも関連しますが、ISILあるいはISISという組織が国をつくったことです。
ISILは、「イラクとレヴァントのイスラーム国家」の略です。レヴァントはシリアを意味します。場合によってISISと書かれることもあります。最後のSは、アラビア語の「シャーム(アッシャーム)」で、シリアに相当する古い由来を持つ地名です。英語やフランス語風にこれをレヴァントと訳した場合には、レヴァントのLがついてISILと表記されますので、ここでは便宜的にISILと呼んでおきます。このISILが、シリアとイラクにまたがり、カリフ国家をつくったのです。
カリフ国家とは何か。7世紀にイスラームが成立したとき、ムハンマドが神の預言者としてイスラームを伝えたのですが、彼の死とともに「預言者の代理人」が後を継ぎます。この預言者の代理人をハリーファまたはヒラーファと呼んだのがなまって、カリフとなります。そのカリフの国家をつくったということになるのです。
●トルコの南、油田地域にカリフ国家が生まれた脅威
トルコの南、シリアとイラクに、トルコ国境と接するようにして、このISILというカリフ国家ができました。
「自分たちはスンナ派のイスラームの最も正統的な継承者である」と名乗るISILが国家をつくった。すでにイラクの北にあるクルド人自治国家と並んで、トルコ共和国は南方に従来の地政学と異なる隣人を二つ抱えこむことになりました。クルド人の北イラク国家の方も最近ではとめどなく大きな力を持ってきていて、トルコに石油を輸出したりしています。トルコにとってはどちらも大きな関心の的です。
私たちの関心事は、イラクが潜在量(ポテンシャル)で見れば、中東あるいは世界でもおそらく2、3位とされる石油埋蔵量を誇る国であることです。そのような国の中に、中央政府の統制の効かない「国家の中の国家」ができる。あるいは「高度自治地域」が一つあるところに加えて、国家の統制が効かない「別の国家」ができる。これは、日本をはじめとする外の国のエネルギー安全保障にとっても、大きな関心事になります。
ISILが、油田地域であるモスルを抑えて独立宣言したことは、非常に恐るべきこと、決して無視できないことです。
このたびの国家樹立に当たって、ISILは組織名につけていた「イラクとシリア(レヴァント、シャーム)」の地名の部分を落として、ただ単に「イスラーム国家(Islamic State)」と宣言しました。略して「IS」としか彼らは名乗っていないのが現状であることも、申し添えておきましょう。
●ISILの行く手にはクルド人とヌスラ戦線の影
今、このISIL(IS)の成立に伴って重要なことは...