●コーポレートガバナンスによる脱炭素への動き
気候変動への対策や対応に限定して、もう一度お話をすると、すでにいくつか大きな動きが出てきています。
中でも最も身近に感じられるのが、いわゆるグリーン・ファイナンスだろうと思います。つまり、気候変動にマイナスになる行動を取るような企業には投資がいきにくい。銀行もそちらへは融資しにくい。あるいは債権市場でもグリーン・ファイナンス・ファンドという形の資金を呼び込むことができない。ということで、そのような形で、金融そのものがマーケットメカニズムとして気候変動対応を誘導する役割を、かなり強く期待されています。
それから、コーポレートガバナンスにも非常に関わってきています。例えば有名な例として、アメリカにエクソンモービルという世界最大級の石油メジャーの一つがあります。この会社の株主総会で「物言う株主」といわれる人たちが、炭素から脱却する「脱炭素」に積極的な立場を示している何人かの専門的経営者をエクソンモービルのボードメンバー(取締役会の役員)に推薦したことがあるのです。
「物言う株主」はそれほど多くの株を持っているわけではないのですが、いわゆる機関投資家の大手であるブラックロックなどが、これに賛同しました。その結果、エクソンモービルは、脱炭素に熱心な経営陣として新たに3人を選ぶことになったのです。
これがどういうことを意味しているかというと、エクソンモービルはもちろん石油精製等で非常に大きな利益を上げているわけですが、そういうビジネスをこの先もずっと続けていけるというものではない。次の時代は水素エネルギーなのか再生エネルギーなのか、いろいろな道があると思いますが、経営者としていかに早いタイミングで脱炭素するか、それに向けた手を打つことが、株主にとって好ましいことだという流れができつつあるわけです。
●情報開示と「スコープ3」への取り組み
こういうことを進める上で非常に重要な役割を果たしているのが、いわゆる情報開示です。企業がどういう形で気候変動対策に取り組んでいるのか、さらにいえばSDGsに取り組んでいるのか。そのことを積極的に情報開示していく姿勢が求められるというのが、今の大きな流れになってきています。
さらにいいますと、より一般の国民のみなさまが気候変動に対して積極的に対応する前向きな企業を支える、逆に後ろ向きの企業に対してはマイナス評価を提示するという流れもできつつあるのだろうと思います。
Apple、あるいはトヨタ自動車もそうだと思いますが、いわゆる大きな企業が今、「Scope3(スコープ3)」といって取引先である部品メーカーや原材料メーカーにまでCO2の排出削減を求めるという、サプライチェーン全体での取り組みを積極的に進めています。そして、Appleという会社が自分たちのパートナーも含めて、気候変動問題に真剣に取り組んでいるという、こうした姿勢を世の中に対して打ち出すことが、マーケティングの視点からも非常に重要だということです。
日本の企業も、どんどん同様の流れになってきています。今の段階では大企業中心に進んでいますが、今後は大企業と取引のある中小企業や中堅企業もそうした対応で進めなければならないという形になっていくだろうと思います。
繰り返しになりますが、かつては一部の企業生産者や供給サイドが気候変動問題への対応を考え、動いてきました。ところが、現時点ではそれに加えて需要サイドや社会全体として、どのような形でCO2を削減するかの対応が求められています。一般の国民の目線が非常に重要になってきているということだろうと思います。
●周囲の行動が「省エネ」への最強の動機となる
行動経済学では、有名な議論があります。「あなたは、なぜ省エネするのですか」という問いかけで、例えば電気を小まめに消し、エアコンの温度を夏なら少し高めに、冬なら少し低めに設定するなどという行動をなぜ取るのか。これに対して四つの理由が準備されています。
一つは、「省エネや節電をすると、お金の節約になる」というものです。省エネにより電気料金は当然安くなります。これは、いわゆる金銭的動機といわれます。
二つ目は、昔から日本でいわれる「節約は美徳」という考えによるものです。マメに電源を切ったり温度調整をしたりして節約すること自体が、道徳的に正しい。これは道徳的動機(モラルインセンティブ)です。
三つ目の理由として考えられるのは、節電をすれば電力流量が減り、結果的に温室効果ガスの排出が減るため、社会にとって好ましい結果になるから、というもの。これは社会的動機といわれます。
四つ目の動機として考えられるのは、「みんながやっているから=正しいことだから自分もやる」ということになります。...