●地震本部による長期評価に異を唱えた東電役員
(今回は)判決の内容について、簡単にお話ししていきます。
まず時系列としては、政府の「地震本部」による長期評価というものがあります。「三陸沖から房総沖で30年以内に20パーセントの確率でM8クラスの津波地震がくる恐れがある」と発表されています。
政府の地震本部は、日本の最高レベルの地震学者を集めた審議会です。そこで長期的な予測を発表しています。東大教授、東工大教授その他、超一流の地震学者を集めて、徹底的に審議した末に出してきたのが長期評価でした。
これが出たため、東京電力では「これは大変だ」ということで、子会社の「東電設計」の若い優秀な技術者たちに「実際にどういう津波が来るか、シミュレーションせよ」との指令を下しました。その結果、「15.7メートルの津波が来る恐れがある」という報告がありました。これは非常に深刻なことです。普通の原発の重要な安全設備は海抜10メートルまでのところにあるので、15メートルもの津波が来たら全部水浸しとなり、アウトになってしまいます。
そのように、非常に深刻な報告を受けた武藤取締役は、「なんだ、それは。直ちには信用できない」として、長期評価の信頼性について土木学会に調査を再委託します。これを裁判では「武藤決定」と呼んでいます。
●「不作為」のもとで起こった事故、経営陣の姿勢
委託した武藤氏側は、再調査の結果が上がってくるまでは「何もしなくていい」とします。結果が上がってくるまでに、とりあえずの緊急措置をしておけば良かったわけです。どういうことかというと、大げさな堤防を立てるようなことではなく、防水工事(水密化)により重要安全機器の防水をきちんとやっておけば良かったはずなのですが、そういうことも一切しないという「不作為」をしました。これが、判決の中では「本件不作為」ということになります。その不作為が続き、すなわち土木学会からの再調査報告が上がってくる前に、この事故が起こってしまったというわけです。
他方、これは武藤氏と武黒氏に関わることです。武藤氏が握りつぶした方針については、上司である武黒氏も報告を受けていたため、承知をしていました。
もっと上の社長(清水氏)・会長(勝俣氏)はどうかというと、「御前会議」と名付けられた重要会議が行われていました。そこで、あの有名な吉田(昌郎。福島第一原子力発電所)所長が「14メートル以上の津波がくるというような人もいるので、これからいろいろ調べて報告します」という報告をしています。
しかし、この時、勝俣氏・清水氏は「ああ、そう」と聞き流しただけで、「それは一体どういう意味だ」「津波が来るという人もいるというが、『人』とは何か。人ではなくて、どこかの機関なのか」というように、さらなる調査・情報収集をしなかったのです。その結果、事故になってしまった。そういう時系列です。
●深刻な原発事故に対する裁判所の捉え方
これらについて、判決ではどう言ったかというと、「判決の基本認識」というところが重要です。
「原発事故は、我が国そのものの崩壊につながりかねない」。つまり、原発はそれほど重大なことであり、そういう危険性も持っているものだという基本的認識があるのです。
その基本的認識の下、地震本部による長期評価や東電設計の出した「15.7メートルに及ぶ津波の恐れ」という情報は信用できるかどうかということを、まず判断したわけです。
裁判所は、「これは、最高権威の行った、しかも徹底討論の後に出た結論だから、信用できる」とし、それを信用しないで何を信用するのかという厳しい認定をしました。
そして、先ほどの「武藤決定」(土木学会に再調査委託をしたこと)については、「それはしょうがないかもしれない。大きな堤防を築くとなれば何千億円もの費用を要するから、慎重を期して土木学会に再調査を委託したのはしょうがないかもしれない」としています。
「しかし、その結果が上がってくるまで何もしなくていいという『本件不作為』(次善の策として、防水工事を強化するようなことを一切しなかったこと)が取締役としての善管注意義務に違反している。役員としての任務懈怠である」という見方により、武藤氏と武黒氏の責任を認めました。つまり、武藤氏は原発担当取締役、武黒氏はその上司ということで、この二人は、上のような理由で責任を認められたのです。
勝俣氏・清水氏については、「14メートル以上の津波がくるというような人もいる」という吉田所長の説明を聞いただけで、この二人は裁判でも「私たちは何も知らなかったのだから、どうしようもないではないか」という抗弁をずっと続けました。
しかし、裁判所...