●株主が会社を訴える「株主代表訴訟」
皆さん、こんにちは。弁護士の河合弘之です。
今日は「株主代表訴訟」のことについてお話をしたいと思います。その題材として、東京電力福島第一原発事故に関係する損害賠償株主代表訴訟の判決を使いたいと思います。
会社の役員(特に取締役)が違法なことをして会社に損害を与えたときの責任の追及方法としては、まず第一に、会社がその不法行為をした経営者を訴えるという方法があります。しかし、会社側は往々にしてそういうことをしたがりません。
そういう場合に、株主が会社に対して「あの役員を訴えろ」という請求をすることができます。会社法847条1項に、そういう規定があります。それに従って、会社が「分かりました。責任追及裁判を起こします」というのが二番目のパターンになります。
それでも会社側がやはり拒否し、「(現旧)役員を訴えることはできません」という対応をしたときには、株主は会社に代わって損害賠償請求をすることができます。株主の提訴請求に対して、会社側が提訴義務を否定して「不提訴理由通知」を行った場合、株主は任務を怠ったことによる損害を(現旧)役員に請求することができます。
これが、まさに「株主代表訴訟」というものです。株主代表訴訟の最大の特徴は、株主が勝っても、その賠償金は株主に支払われるわけではなく、会社に支払われるということです。ですから原告株主は、勝っても直接的な利益を得ることはありません。
●株主代表訴訟がもたらすリスクと役員賠償責任保険
今日のテーマに取り上げたように、株主代表訴訟は、経営者にとって常に意識しなければならない問題です。経営陣、特に取締役が「任務懈怠」、言いかえると「善良なる管理者としての注意義務に違反する」ようなことがあった場合には、会社に損害賠償をしなければならないわけです。
会社の役員は常にそういうリスクにさらされているわけですが、それを保険で補うこともできます。「役員賠償責任保険」というものがあり、このような訴訟で負けたときも、自分で払わないで保険会社に払ってもらう仕組みがあるのです。上場会社では、ほとんどの会社がこの保険に入っていて、保険会社としても非常に重要なマーケットになっています。
ただ、注意しなければいけないのは「原子力損害賠償関係は全て免責」、すなわち原発事故に基づいて発生した損害について賠償しなければならない場合、役員賠償責任保険は一切出ません。特に電力会社の方たちは注意したほうがいいと思います。
これが株主代表訴訟の概略ですが、事例に沿って説明しなければ、具体的にイメージが浮かばないでしょうから、この後は東京電力の株主代表訴訟についてお話をしたいと思います。この判決は2022年7月に東京地裁で下されたものです。
●東京電力福島第一原発事故を振り返る
そもそも福島原発事故がどういうものだったかを振り返ると、2011年3月11日に東京電力福島第一原発が津波によって水をかぶって、電源が全てアウトになり、燃料がメルトダウンを起こし、放射性物質を広範囲に放出してしまったという事故です。
どれぐらい大変なことだったか。(内閣府)原子力委員会委員長(当時)の近藤駿介氏が当時の首相に「最悪の場合、どういうことになるのか、シミュレーションしてくれ」と頼まれ、シミュレーションして発表した結果を見てみます。
これは「最悪のシナリオ」というタイトルで発表されているものですが、170キロメートル圏内が「強制退去地域」になり、250キロメートル圏内は「任意退去地域」になってしまう恐れがあるということでした。図にあるように、濃い赤の部分が170キロメートル圏、薄いところが250キロメートル圏です。
250キロメートル圏は「任意退去」といっても、人の住めないところになってしまうわけです。これがどれぐらいの範囲かというと、首都圏を含む東日本全部が壊滅しかねないという範囲のことです。首都圏が全部やられるということは、要するに日本が全部やられるのとほぼ同じことなのですが、そういう大きな被害が憂慮されたわけです。
実際にはいろいろな幸運に恵まれ、数十万人の避難と広大な土地の汚染、健康被害ということにとどまりました。それでも、日本の歴史上、最大の公害といわれるのが福島原発事故です。
●22兆円の巨額賠償を求めた東電株主代表訴訟
この事故について、従来より株主として東京電力に物申してきた方たちが、株主代表訴訟を起こそうということで、まず東京電...