●パタハラでSNS対応を誤り、危機を招いた事案の経緯
それでは、最終回ということですね。事例研究のその2ですが、SNSに関係するものです。SNS対応を間違えて危機を招いた事例になります。
これは有名な事件ですから、実名を出してもいいでしょう。2019年6月に起きたカネカの事件です。カネカは大手の総合化学メーカーです。今からご紹介するのは、ここがSNS対応をパタハラで誤った事案です。パタハラとはパタニティ・ハラスメントのことで、(父親を対象とした)出産・育児に関するハラスメントのことを指します。このことがSNSで大炎上し、カネカの株価が2019年初来、最安値まで下がったという事件になります。
どういう事件だったのはというと、男性育休に関する事件でした。カネカのある男性社員と共働きの妻とのあいだに長女が生まれました。1月のことですが、その年の4月に新居へ引っ越したので、3月25日から4月19日まで男性育休を取得したのです。
これは、2019年ですから割と先進的な事例ではないかといわれそうなものですが、ところが、育休明けに出社した翌日、「きみ、大阪へ転勤」と突然言われたそうです。「え! 子ども、保育園に入って、ようやく育休が終わったばっかりなのに」として、男性はその転勤には応じるけれども、時期を1、2カ月だけ延ばしてほしいと会社に交渉しましたが、返事はノーでした。
この段階から、妻のほうがツイッターに投稿を始めました。会社の名前は書いていないのですが、「信じられない。夫が育休から戻ったばっかりで」というように。それから会社との話し合いは続きましたが、会社側は「特別扱いするわけにはいかない」と、頑として応じない。そのプロセスを妻はずっとツイッターに載せています。この時点でも夫の勤務先は大手メーカーで連結1万人ぐらいの会社としか書いていませんでしたので、分からないのです。
結局、転勤時期を先に延ばす希望が受け入れられなかったので、4月からずっと交渉していた夫も、6月には諦めて退職届を提出しています。この際、有給休暇の買い取り請求も拒否されています。こうして、夫は5月31日付けで退社し、妻はそのことを報告するツイートの最後に「#カガクでネガイをカナエル会社」と書きました。これでカネカは大炎上することになりました。
6月1日からはネット上に「カガクでネガイをカナエル前に社員の願いをかなえてくれ」とか、「育休を取ったら左遷とかが当たり前、男のくせに育休を取るからだろって言っている、そういう会社だよね。それは少子化にもなるよな」といった内容の書き込みが膨大になされました。
そこで、6月3日にカネカはホームページ上の「ワークライフバランス」というページを削除してしまいました。後からのことですが、カネカによると、それはたまたま(ページの)工事をしていたらその日になっただけで、削除は意図的なものではないということです。しかし、この削除日6月3日に2019年初来、最安値まで株価が下落することになりました。
そして今度は、日経ビジネスの取材をカネカの広報部が受けています。そこで、日経ビジネスからの「男性社員が育児休暇復帰後2日で転勤命令を出した事実はあるのか」という質問に、カネカ側はコメントできません。「事実があった場合はパタハラにあたるのか」という問いには、「仮定の質問には答えることができない」といった広報対応をしてしまいました。それが全て日経ビジネスのウェブ上に載ってしまったのです。
そこで困ったカネカは、今度はホームページ上に「転勤命令の合法性につき弁護士に確認したところ、法令違反はない」という趣旨のコメントを公表します。
その後、日経ビジネスに妻のインタビューが載っています。はじめからカネカを告発するつもりはありませんでした。あったのは母としての不安です、と。引っ越したばかりで、子どもが2人いて、自分自身もフルタイムで働いている。何度かツイッターに投稿しているうち、多くの人から共感してもらったので、最後には会社の名前が分かったほうがいいかなと思い、社名を書いたのだそうです。つまり、最初から会社をやっつけようとは思っていないのです。
なぜここまで議論を呼んだのかという質問に対しては「今回の出来事を、みんな、自分ごとに置き換えて考えているんじゃないでしょうか。だから共感を生んだのだと思います」と答えられていました。
●パタハラ事案から見る危機管理の問題点
さて、この事件を見れば分かるのですが、会社側はよくぞここまでまずい対応をしましたねと。まったくリスク管理ができていないと思います。まず、この問題はレピュテーションの話なのに、法律問題にしてしまったこと...