●コンプライアンスを「法令遵守」と捉えることの問題点
こんにちは。弁護士の國廣です。今日はコンプライアンスについて、お話をしたいと思います。
いわゆるコンプライアンスというのは「法令遵守」のことだと言われることが多いのですが、そのような考え方ではリスクの管理はできません。
まずコンプライアンスという言葉のイメージは、一般的に良くないイメージだろうと思います。何かいろいろと面倒くさいルールがたくさんあって、あれをやってはいけない、これをやってはいけない、というように、細かいルールを押し付けられるというイメージです。あるいは、いろいろ面倒な手続きを仕方なしにやらなくてはならないといった、「やらされ感」を感じさせる非常に悪いイメージがあるのではないでしょうか。
他にも、企業不祥事が起こったとき、カメラのフラッシュを浴びながら社長が頭を下げて言う「今後はコンプライアンスを」といった決まり文句にもこの言葉は使われます。このように、コンプライアンスは面倒くさい、あるいは暗いイメージの言葉だと一般的には考えられています。
実際、多くの企業ではそのようなイメージになってしまっています。ですが、本来のコンプライアンスとは、不祥事を防止するためのリスク管理のことなのです。「コンプライアンス=法令遵守」といった考え方ではそのリスク管理に失敗してしまうということについて、例を挙げながらお話したいと思います。
●法令に違反していなければそれでいいのか――リクナビ事件を検証
まずは2019年に起きた「リクナビ事件」についてご紹介します。
リクナビ事件というのは、就活サイト「リクナビ」を運営する株式会社リクルートキャリアが、就活生の内定辞退率を算出し、本人の同意なく企業に販売していたとして大きな問題になった事件です。
例えば、ある大学生がAという会社に入りたいと思っていて、仮に本人にその適性があり本来は入社できたはずであっても、この学生の内定辞退率が80パーセントだと事前に分かっていたら会社側は採用しない、といったことも考えられます。このように学生の人生に重大な悪影響を及ぼすことになりかねないとして、この事件はマスコミなどでも大きく取り上げられました。この時、リクナビ自体も批判されましたが、同時にそのような名簿を購入していた企業の名前も報道され批判を浴びていたことは記憶に新しいかと思います。
では、この事件では一体どのような法律に違反していたのでしょうか。個人情報保護法に違反しているのではと思われるかもしれませんが、実はそうではありません。なぜかというと、就活生はリクナビに登録する際、ネット上でいろいろな承諾事項をクリックしていき、自分の情報が利用されることに了解済みです。そうすると、個人情報保護法違反として法的責任を問うことはできない、あるいは少なくともそれは極めて難しいのです。
しかし、この事件で本質的に問題なのは、そんなことをしてはいけないという世の中的な常識や、社会が要請する倫理に反する行動を企業が取っているということにあります。だからこそ大きく批判され、問題になったわけです。
ここで法律だけを見ると、「これは個人情報保護法に反していないからいいのだ」などということになりかねませんが、それがこういう結末になっていくということから見て、いかに法令遵守のみにフォーカスを当てた行動がリスク管理、企業不祥事の防止にならないかということを明らかにするのがリクナビ事件だろうと思います。
●「法令遵守」でリスクは管理できない――かんぽ生命事件を検証
もう一つ、2019年に起きた「かんぽ生命事件」の例を挙げたいと思います。
かんぽ生命とは、日本郵政が運営する生命保険会社です。全国の郵便局で養老保険や終身保険などを販売しているわけですが、ここで次のようなことが行われていました。保険を売る販売員は保険を売れば売るほど成績が上がるため、できるだけ多くの保険に入ってほしいと考えます。そこで、ある一つの保険に入っている人に、ここは一つ保険を切り替えましょうと、いわゆる保険の乗り換えを提案します。そうすると販売員には手数料が入るし、ノルマも達成できる。このようにして(保険を)次々に乗り換えさせるという状況がかつてありました。
この結果、次のようなことが起こりました。あるお客さんが養老保険に入っているとして、それを同じかんぽ生命の、別の養老保険に切り替えさせる。するとその間で6カ月間ほど、実は両方(二つの保険)に加入している状況になり、保険料の二重払いが発生してしまう。あるいはその逆で、二つの保険の間で乗り換えさせるけれども、そのあいだに数ヶ月の期間が空いて無保険の状態が生じて...