●マザーテレサに会いにインドに行く
最後になりますが、私も松下政経塾で14年間、青年塾で18年間、人材育成を行い、いろいろとつらい思いや苦しい思いをしました。中でも私が非常に感化されたのは、マザーテレサという人でした。
皆さん、どういう人が教育しにくいか、お分かりでしょうか。それはやる気のない人です。やる気が全くない人に教えるのはすごく難しいのです。もう一つ難しいのは、自分に自信のある人に教えることです。私の苦労は後者の苦労なのです。俺は偉いと思っている人に教えるのは本当に難しい。それは心のどこかに傲慢さがあるからです。ですから、一番難しいのは校長先生の研修会です。校長先生は、教えることは上手なのですが、教わることは下手なのです。「言うてみい」とか「聞いてやる」といった具合に、態度に表れているのです。政経塾も少しその傾向がありますね。皆「エリートや」ともてはやされた人たちです。ある種、そのエリート意識は傲慢さでもあるわけです。その苦労はやった者しか分からない苦労であり、しかも、住み込み勤務でしたから、私たち職員の間で共感するのはその苦労なのです。そんな中、私にとっての救いはマザーテレサの言葉でした。
ある時、マザーテレサに一度会いたいと思ったのです。その時はまだ生きておられたので、インドの、当時はカルカッタ、今のコルカタへ出かけて行きました。予約も何もしていなかったので、どうしたら彼女に会えるか、町の人にいろいろと尋ねたのですが、「それは難しいな」「急には無理だ」という話でした。やはり突然来ても無理かなと出直そうと思っていたら、その週末に一人のおばさんがホテルにやってきて、「あんた、マザーテレサさんに会いたいらしいね。簡単に会えるよ」と言うのです。マザーテレサは敬虔なクリスチャンです。「このコルカタにいる限り、日曜日は必ず礼拝に来る。だから礼拝堂で待っていれば会えるよ」と言うわけです。
行きましたよ、朝一番。
玄関で座って待っていたら、マザーテレサが現れたのです。その時の感動は今でも忘れられません。まず何と思ったかというと、「わぁ本物や」です。下手な英語で自己紹介をしました。
●マザーテレサの一言に人生が変わった
当時のカルカッタの人口は1000万人ほどで、そのうちおよそ200万人は路上生活者でした。家がない、要するにホームレスで、死にかかっている人がいっぱい居るのです。死んでいるか生きているか、分からない人も居るのです。中には、膿をいっぱい出している人や、ウジ虫がわいている人も居ます。とてもそばに寄れたものではありません。マザーテレサとシスターたちは、その一番死にかかっている人から順番に抱きかかえて、“死を待つ人の家”に連れていくのです。そして、体をきれいに洗い、新しい服を着せ、温かいスープを飲ませてあげるのです。そうして、彼らは死んでいくのです。せめて死ぬときだけは人間らしくということで、最期は病院ではなく“死を待つ人の家”で死を迎えさせてあげるのです。
私の聞きたかった質問はただ一つです。「マザーテレサさん、どうしてあなた方は私が近寄ることもできないあのこじきたちに近付き、抱きかかえられるんですか? 私などとてもそばに寄れません。なぜ抱きかかえられるんですか?」と尋ねたら、答えは大変短いものでした。けれども、それで人生が変わったのです。
「あの人たちはこじきではありません」
「えっ? こじきじゃなければ、何ですか?」
「イエス・キリストです」
つまり、マザーテレサたちはこじきを抱き締めていると思っていないのです。イエス・キリストを抱き締めていると思っているのです。そして、彼女はこう言いました。
「イエス・キリストはこの仕事をしている私が本物かどうかを確かめるために、私の一番受け入れ難い姿をして現れるのです」
その瞬間に、私はハッとしました。「あんな塾生を誰が採ったんや」とか、「あんな塾生、辞めて欲しいよな」とか、「あいつとは口も聞きたくない」と考えていた塾生はイエス・キリストだったのかと思ったのです。
●政経塾での結論「自ら変わる勇気を持つ」
そして、私がそういう気持ちを持つと相手の気持ちが変わることに気が付いたのです。14年間、政経塾で仕事をしてきて、私が最後に分かったのは、「他人を変えることはできない」ということです。こんな当たり前のことに気付かず、他人が自分に合わせて変わってくれることばかり考えていたから、どれだけ人の批判をし、何回も「あいつは本当にばかだ」というような言い方で人を責めてきたことでしょう。他人を自分の思うように変えることなど基本的には誰もできません。第一、私の力をもってしても女房を変えることができなければ、わが子を変えることもできな...