●「新しい資本主義」へのヒントを求めて
そこで、R.N.ベラーの有名な『徳川時代の宗教』(池田昭翻訳、岩波文庫)という本があり、梅岩のことも詳細に記されています。ここでベラーが言っていることを知るために、冒頭で見た「石田梅岩の生涯」という年譜に戻っていただきましょう。
梅岩の生涯に重ねて、アダム・スミスという人の足跡を記しています。1723年、梅岩が40歳ぐらいの時に、アダム・スミスが生まれます。それからずっと来て、梅岩が60歳で亡くなって15年ほどたった時に『道徳感情の理論』が出る。また、『国富論』はそれよりまだ大分先になります。
(言い換えれば)スミスがそれらの論文を発表するより大分前に、宗教倫理というものが、日本の資本主義の根幹をなす人々の中で受け渡されてきたということです。父から子へ、師匠から弟子へ、親方から丁稚小僧へと受け渡すというのはすごいことで、これはそう簡単にはなくなりません。
そういう伝統が興り、道元からいえば途中で喝を入れたというのが梅岩の役割ではなかったか、と私は見ています。梅岩がいろいろな形で主張したことを、これから考える「新しい資本主義」についても非常にたくさんのヒントを含んでいるという話を申し上げて、(この講義を)終わりたいと思います。
●企業経営成功の根源と松下幸之助の言葉
まず、正直ということを挙げざるを得ない。正直というのは歴代の人々がみんな挙げたことですが、これを梅岩は全部受け入れて基本とし、企業経営成功の根源としました。
企業経営が成功するための必須の条件として何があるかというと、二つなければならない。簡単にいえば、人々からの信頼というものがなければいけない。商売人として獲得するのは売上や利益ではなく、信頼・信用というものをまず得なければいけない。そのときに、正直という概念は非常に重要だといいます。
もう一つ、梅岩が挙げていることとして、「天道(天の導くところ)によって」ということをずいぶん言っています。正直ということ自体が、徳という概念と非常に密接なもので、ときには同じような意味合いで使われていると私は思います。
そこで思い出すのが、松下幸之助翁に問うたときの言葉です。私が「経営者の条件は何でしょうか」と訊いたとき、松下氏は言下に「運が強くなければ駄目だ」と言...