●ハインリッヒ13世の事件――ドラマのようなクーデター未遂の背景
―― 皆様、こんにちは。本日は曽根泰教先生に、ハインリッヒ13世の事件についてお話を伺いたいと思います。
ハインリッヒ13世の事件と聞いても、今このタイミングですと、「何だっけ」と思う方も多いと思うのですが、これはどういう事件でしたか。
曽根 日本でも報道されたのですが、2022年12月7日、(ドイツの)チューリンゲン州で政府転覆を企てたグループを逮捕した事件です。
ドイツ検察が逮捕したのですが、中心人物がハインリッヒ13世という古い貴族の出身者でした。それから、右翼の元議員を司法相にするということで、さらに軍人や元警官などが重武装して企画された、一種の大陰謀のような計画です。(AfD:ドイツの政党「ドイツのための選択肢」の)マルザックウィンケマンという元連邦議員で現在ベルリンの判事をしている人なども中心人物です。
ただし背景を見ると、やはりQアノンが関係しており、また、「ライヒスビュルガー」といいますか、昔からの「帝国の市民」という意識を持った人たちが絡んでいた。そういう事件だったといわれているのですが、こんなことがなぜ起こったのかというのがまず1つです。
もう1つは、これは漫画かドラマのような話だということです。どうしてそう思ったかというと、BBCのドラマの中に「サマー・オブ・ロケット」という、何回かのシリーズのドラマがあるのです。
その中で最終回のころに、元貴族が元軍人たちと現職議員を糾合して、そして戦車まで用意してロンドンを襲おうという話があります。その集まりで、ロンドン空港、放送局、それから証券街を襲わなければいけないという話をしているときに、実は情報が漏れる。情報が漏れて、BBCのテレビで風刺劇をやっている。その風刺劇をやっているのをこの首謀者たちが見て、ばれてしまったということで、これ(ロンドン襲撃計画)を中止する。そういう話があったのです。この話にすごく似ているなと思います。
つまり、ハインリッヒ13世の事件の骨子は、このドラマのような話ではないかと。場所はドイツとイギリスで違うのですが、もう何年も前にイギリスのBBCで流された話がここで出てくるというのは、「漫画ですよね」「ドラマですよね」と思いたいのですが、なぜこんなにビスマルク時代のドイツ帝国を復権しようと思うのか。
あるいは、Qアノンに影響を受けていて、「ディープステートが世界を支配している」と言う人たちがいるのですが、そのメンバーがどうも2万人を超えているというのです。そのうちの1000人は過激派ではないかと。また、極右政党の「ドイツのための選択肢」もあります。
これは一種の妄想にしかすぎないのだけれども、妄想としても、それを実行しようとする者がいて、支持者がいるのです。しかも、それがトランプ支持のアメリカ南部ではなくて、ドイツです。ドイツは厳しく旧ナチスの復活を制限しているし、一種の過激派というのはコントロールされていると思ったのです。
それなのにこんな事件が起こったので、他人事ではないなと。「われわれが日頃、漫画やドラマだと思っていることが現実にもあるのか」というのが、非常に大きな感想です。
●日本も他人事ではないSNS時代の大規模テロ
―― 日本人として「妄想だ」と言って笑えないのは、やはりわれわれはオウム真理教の事件を経験しているからです。ハルマゲドンというのは、もちろん信じている方々からすれば真剣な物語だったと思うのです。しかし、多くの日本人からすると、それは妄想的な話ですよね。ただ、それを信仰した人々があれだけの大事件を起こしてしまったということもあります。
曽根 オウムは、改めて思いますと、麻原彰晃をはじめとして選挙に立候補するのです。そこで、「ショウコウ、ショウコウ」と言っている方がいました。
―― はい、(そのようなことが)ありましたね。
曽根 これでまったく負ける。誰も当選しないのです。それから過激にどんどん行くのだけれども、その中心部分は医者だったり、あるいは大学の研究室で理科系の学問をやっていたり、科学者だったりという人がかなりいました。
そういう意味でいうと、あれはすごい事件だったのです。地下鉄サリン事件というのは、世界のテロリスト対策の人たちが必ず参考にすることですが、日本では起こらないだろうとわれわれは思っていたわけです。オウムの頃はまだQアノン的なインターネットの世界がなかったからです。
―― 拡散方法としてのインターネットですね。
曽根 はい。もしオウムがインターネットを使った手法を利用したら、もっと人を集めることができたでしょう。そう...