●政治による「つまみ食い」と、その学問的可能性
―― 次が、政権の切り札になるか、足枷になるかというところですね。
曽根 はい。政権から見ると、いい政策を打つことによって自分の体制というか、自分の政権基盤を確実なものにして、次の選挙で勝てる。これは有効な手法です。だから、必ずしも経済政策だけではなくて、科学政策を採用することによって政権の基盤をうまくつくることもあります。例えば、ケネディが人をロケットで月に行かせるというアポロ計画は、ある意味で科学政策なのだけれど、それはケネディの政権にとっては非常に重要な政策で、アメリカ人を鼓舞することができたということです。
政策のアイデアがどこから出てくるのかというのはなかなか難しいのですが、必ず最後、政策として実行されるためには、その政権がそれを決断、決定しなければいけない。その決定に食い込むために、学者のほうもいろいろな形で政権にアプローチしています。マンハッタン計画などはまさしくそうで、あるいは経済政策でも政権に取り入ろうとしてセールスマンのようにホワイトハウスの周りをうろうろしている人もいます。
政権から見れば、つまみ食いをするということは常套手段です。しかし、学問の発達という点から見ると、意外とそこに、ブローカーだと思っていたけれど、新しい発見を見出すことが可能な説もあるということです。学者は研究室や大学の中で閉じて、自分の研究を死に物狂いでやる。それこそが正しい学者だという説もあるけれど、実際、社会で起こっていることをうまく汲み取って、それを理論化して発表し、政策として実行される。新しい理論の可能性は、実は現実の中にあると考えたほうがいい。私はそう思っているのです。
●学説的な結論の出ない中で決断を迫られる政治
―― それを学んだ上でこの問題に返ってくると、政治家でもないわれわれがこの局面をどう見るかということなのですが、経済学の学説の対立があります。片や、つまみ食いをしかねない政治の世界があります。実際、その相互関連によって政治が動いていって、それによって経済学が確かに、やっぱりこちらのほうが効果はあったということで進むこともあれば、1歩間違えると、日本はそうかもしれませんが、デフレがずっと続いてしまうとか、いろいろな問題に直面してくるわけですね。
曽根 今、一番いい例を出していただきました。デフレはいったいなぜ起こっているのか。これを完全に解明できたのですかということですね。
私は、日本のデフレはなぜ起こったのかを、(イギリスのある会合に出かけていって)、マンデルフレミング(モデル)のマンデルに訊いたことがあります。一般にいわれているように、それまで日本の物価は高かったので、物価が安くなる調整プロセスなのか、あるいは冷戦後、中国や旧東欧圏、特に中国が参加することによって非常に人件費が安いので、要するに冷戦後の新規参入の結果なのか、あるいは通常いわれるように教科書に載っているような貨幣数量説なのかを訊きました。ところが答えてくれなかったのです。
では今、起こっているのはいったい何なのかということは、簡単に考えると、つまりリフレ派にとっては貨幣問題だということで、貨幣をどんどん増やして、特にマネーストックを増やしたわけですが、すぐにはインフレにならなかったのです。
そういう意味で、インフレを抑える理論としての貨幣数量説は非常に有効です。インフレを起こすための貨幣数量説というのは本当なのかということは、元日銀総裁の黒田東彦さんの実験の結果を今、学者が非常に吟味しているところではないでしょうか。
―― このあたり、そうしますとどういう学説的な判定が下って、それをどう評価するというのは難しいですね。
曽根 難しい。学者の判断が決着してから政策を打てばいいと思うかもしれませんが、現に政治の世界、経済の世界は動いている。動いているところで結論は出ない。学者の結論が出ていなくても打たなければいけない政策は日々ある。そこはもう政治的な判断と責任でやるしかない。それでやるからには、批判も出てくるのは仕方がないのだろうと思います。
●金利という「紐」で押そうとした10年の答えはまだ見えない
―― 片や、ばらまきたい政治家がいて、ばらまきに都合がいい経済理論もあり、全然大丈夫だ、どんどん予算を拡大しても大丈夫だという理論も今、いろいろといわれていて、それを熱心に主張する政治家の方もいます。
曽根 MMTに代表される、リフレ派よりもっと極端な財政出動。特に財政出動の政策的な財源を本当に考えなくても済むようにしてしまったというのは罪が重いですね。
そこで考えなければいけないのは、「税金は利息を払いません。債券は利息を払います...