●ローザンヌ合意にみるイランの外交的力量
皆さん、こんにちは。前回に引き続き、イランとアメリカ、あるいはイランの地政学的な問題について考えてみたいと思います。
イランが、現在の中東において地政学的な野心を持っているということは、この間の動きでますます明らかになっています。そもそも、今回のローザンヌ合意によって、イランの核武装化という中東最大の脅威が短期的には抑えられたにしても、イランのレバノン、シリア、イラクにおける優位性や影響力には、全く揺るぎないものがあります。むしろ、アメリカに核の平和利用や濃縮されたウランの所有権を既成事実として認めさせたイランの外交的力量は、今後の南レバノンのヒズボラ、シリアのアサド政権、そしてイラクのアバディ政権といったシーア派系のパワーが、アラブのスンナ派の多数派と対決する際に、格好の有力な材料になります。
また、イランとシーア派との間に、シーア派という宗派を丸ごと浄化して一掃しようとする宗教浄化(セクタリアン・クレンジング)の動きを繰り広げているイスラム国(IS)の存在があります。このISと、もう一方において対決しているのはアメリカです。すなわち、イランは今回の合意によって、ISと対決するアメリカにも恩を売るようなセットをつくり上げたのです。それに引き替え、スンナ派のアラブの国々やそれらの国々のキーパーソンや政治指導者たちの分裂や雲散霧消ぶりは、誠に目を覆いたくなるほどの惨状です。
●サウジアラビアのウィークポイント-イエメン
もちろん、このスンナ派の国々も、黙って座視しているわけではありません。アブドラ国王が亡くなり、後を継いだサルマン国王のサウジアラビアは、陸軍の大兵力を動員し、かつ戦闘機の運用も行っています。そして、エジプトや湾岸諸国の一部からの戦闘支援も受けながら、イエメンに軍事干渉したことは、周知の事実です。
このイエメンのハウシー集団なるシーア派系のグループやそれを支援、指導しているイランの革命防衛隊の現地部隊と、サウジアラビアをはじめスンナ派のアラブ諸国の軍との間に、現在、戦争が行われているということは、きちんと見ておかなければなりません。つまり、サウジアラビアがなぜこのような挙に出たかというと、これは、イエメンがサウジアラビアにとってのレッドラインだったということを意味します。
サウジアラビアは、北は、地政学的に広大な砂漠によって脅威から遮られており、東は、自分に代わってイランの脅威を海の方から取り除いてくれる、クウェートからオマーンに至るGCC(湾岸協力会議)加盟諸国という盾を持っています。そして、西は、紅海からその西にあるエジプトという盾によって遮られています。ところが、南の方の海になりますと、オマーンは別として、まさにこの南西部の一角であるイエメンという地域こそが、サウジアラビアの南の中でも一番弱い部分であります。すなわち、地政学的にサウジアラビアに欠陥、ウィークポイントがあるとすれば、この南西部であり、その南西部の要がイエメンなのです。
したがって、このイエメンが、スンナ派以外の世界であるシーア派のイランに押さえられるということは、サウジアラビア王国の安全保障と将来に関わる大変大きな脅威になるのです。すなわち、越えてはならぬレッドラインを、イエメンのハウシー集団やイランの革命防衛隊は越えた、ということを意味していますから、サウジアラビアは本格的に軍事干渉したということになるわけです。
●イエメンを核に深まるサウジ・イランの対立
しかし、この段階では、サウジアラビアがいかにGCCの支援を受けたとしても、サウジアラビアとGCCが丸ごとイエメンの情勢を完全に掌握することは難しくなっています。そして、サウジアラビアに事実上の亡命状態であるイエメンのアブド・ラッボ・マンスール・ハーディー大統領らスンナ派政権の劣性を挽回できるとは必ずしも限りません。せいぜい、シーア派のハウシー集団によるイエメンの首都サンナーの恒久的な占領や、あるいはアデンへの攻撃を阻止したり、その席巻をまずまず跳ね返すことができるのが確実なぐらいです。
それにしても、サウジアラビアの思いきったイエメンへの空爆や、一部における地上戦の開始は、エジプトやトルコといった国々との同盟や協力の効果がなければ、あるいは、そういう同盟や協力を結んだという事実がなければ、果たせるものではありませんでした。すなわち、イエメンというアラビア半島南西の、安全保障上最も重要な一角を、自分たちの目の前で変更させることを許さない。そして、北のシリア、イラクにおいても、イランの勝手な振る舞いを許さない、恣意的にはさせないという決意を、初めてサウジアラビアは力の行使によって示しました。その点に、...