●ウクライナの政情不安が及ぼすパラジウムの供給不安
大上 最近、ロシアと西欧諸国の対立がウクライナで起こっていますけれど、そのロシアの問題で、岡部先生が「実はレアメタルが心配だ」を話しておられると聞いたのですが、その背景を話していただけますか。
岡部 ロシアを背後に控えたウクライナの政情不安と聞くと、皆さんは、飛行機の墜落事故や天然ガスの供給途絶を思い浮かべるでしょうが、レアメタルの専門家として、私が今、一番心配しているのはパラジウムという白金族金属の供給不安で、(ウクライナ危機の時も)そのことが真っ先に頭をよぎりました。
パラジウムは、プラチナ、すなわち、白金と同じ仲間で、自動車産業や燃料電池には不可欠なレアメタルの一つです。
大上 ハイテクに必要なのですね。
岡部 はい。自動車産業では、自動車から出る排気ガスをきれいにする触媒としてパラジウムは欠かせないレアメタルです。自動車1台に大体パラジウムを含めた白金族金属が2~3グラムほど使われるのです。皆さんから見たら量は知れていると思うかもしれませんが、白金族金属は1グラム数千円もしますので、非常に高価なレアメタルなのです。
●パラジウムはロシアと南アフリカからほとんど供給されている
岡部 さらに、パラジウムは、実を言いますと、ロシアがほとんど供給しており、その次が南アフリカ共和国です。ということは、仮にロシアと南アフリカがパラジウムの供給を停止したら、日本のハイテク自動車、要するに、きれいな排気ガスしか出さない車は一切つくれなくなるのです。
燃料電池車が今、流行っていますが、これも実を言うと、白金やパラジウムを多く使います。おそらく今の自動車の何十倍も使うでしょう。その燃料電池車すら全くつくれなくなるでしょう。
大上 すると、それは、ハイテクという近代の産業や技術の光の部分のことではあるけれども、流通、あるいは、資源を考えると、非常に脆弱性が潜んでいると理解してよろしいのでしょうか。
岡部 はい。幸い、パラジウムの供給国が、ロシアと南アフリカという、ある意味では安定した国ですので、皆さんは心配していないかもしれませんが、結局、世界中どこを探しても今の段階では、その2カ国からしかパラジウムは供給できないという現実があります。
昨今のウクライナ情勢で仮にロシアがパラジウムの供給を止め、さらに南アフリカの方で何か暴動が起こったり、あるいは、鉱山開発の待遇が悪いということで労働者がストや暴動を起こしたりして供給が途絶えると、世界中でいわゆる「パラジウム・ショック」が起こると考えられます。
●日本はリサイクル技術の先進国だが、リサイクル製品の海外流出という現実もある
大上 それだけ高価な金属であれば、リサイクルは、かなり進んでいるのですか。
岡部 はい。もちろん高価なものですので、自動車や燃料電池が使い終わったら、その中の白金やパラジウムは確実にリサイクルされています。現実に日本は、リサイクル技術に対しても先進国で、世界中から白金を含むスクラップを集めています。例えば、北米からでも、ヨーロッパからでも、自動車の排気ガスをきれいにする触媒のスクラップ、すなわち、白金やパラジウムを含むスクラップを日本に持ってきて、精錬してリサイクルしています。
大上 それをクリーンにリサイクルする技術があるのですね。
岡部 ただ、残念なことに、リサイクルしても、リサイクルした白金やパラジウムは、また車に積んで、その車が新車として海外に輸出されます。あるいは、中古車となった場合でも、日本から(車ごと)輸出されるので、また海外に出ていきます。結果的に、日本の白金やパラジウムは、工業製品、特に車としてどんどん海外に出ていくのが現状です。
大上 しかも、燃料電池の車が増えると、その消費もどんどんと増えていきます。そうなると、鉱山から産出されるものに頼ることになるので、いわば燃料電池車の価格やその生産量がコントロールされることになってくるのですね。
岡部 まさにそうなります。そういった意味では、白金族金属である白金やパラジウムを多く使う工業製品は、逆の見方をすれば、あまり普及しないと考えるのが妥当かもしれません。
大上 光の技術に対して、実はそういう影の制約がいろいろとあるということですね。
岡部 まさにそうです。
大上 大変よく分かりました。ありがとうございました。
(インタビュアー:大上二三雄氏/エム・アイ・コンサルティンググループ株式会社代表取締役)