●介護移住が進まない本当の理由
「変化への抵抗」、あるいは「改革はなぜ進まないのか」という問題の裏側の話をしたいと思います。よく「抵抗勢力がいるからだ」、あるいは、「岩盤規制があるからだ」と言われます。確かに、本当に頑迷固陋(ころう)な抵抗勢力、既得権を持っている人たちが反対することによって物事が動かないという一面はあるのですが、しかしながら、それよりももっと緩い形で、実は、変化を望まない人たちがいるということをわれわれは理解した方がいいという話です。
どういうことかというと、例えばこういうことです。首都圏で介護難民、あるいは待機老人がいるという問題があり、それを解決するために、地方移転・移住を進める日本創成会議の案が出てきました。確かに、千葉、埼玉、神奈川、東京圏で、これから非常に介護需要が増えます。ところが、それに見合うだけの施設や医療などが不足する。ということで、それを踏まえて、介護施設や人材の余力がある地方へ東京圏の高齢者が移住できるようにしたらどうかというプランが出されたのです。しかしながら、私は非常に難しいと思っています。
それはなぜかというと、コンパクトシティのときもそうでした。東京一極集中を食い止めるために東京への移住を止めるという、この種の話も、心理的にも、財政的にも、いろいろな意味でなかなか簡単ではないということです。具体的には移住、移転、転職、転校、結婚、離婚など、今ある状態がとても重いときに、そこから離脱することは容易ではありません。
●カーディーラーや政党の支持に見る「忠誠心」
通常、インセンティブをつけることで離脱ができるようにされているのですが、そう簡単な話ではないということを、非常に異色な経済学者であるアルバート・O・ハーシュマンが本に書きました。『Exit,Voice,and Loyalty』(邦題『離脱・発言・忠誠――企業・組織・国家における衰退への反応』ミネルヴァ書房、2005年)という面白い本です。「Exit」は、出口、退出という訳をつけるときもあります。「Voice」は抗議をする声、「Loyalty」は忠誠心。この三つの概念を使って、非連続の現象をうまく説明しています。
この本は組織論の話です。企業を辞める、労働組合から退出するといった組織からの離脱の話です。面白いのは、例えば顧客もそうであって、例えば長年ゼネラルモーターズ(GM)に乗っているGMの顧客は、GMの車の調子が多少悪くても、すぐに他社の車に乗り換えることはしない。ある意味で、「Exit」のハードルがそう低くない。「Voice」、つまりディーラーに行って「ちょっと直せ」とか「ここに不具合がある」という主張はするけれども、すぐに乗り換えることはしない。その「乗り換えることはしない」というのが何かというと、「Loyalty」、つまり長くなじんだものに対する一種の忠誠心があるからだというのです。
これは政党支持のときも同様で、アメリカの例ですが、共和党と民主党で、親の代から共和党に投票している人が、いきなり民主党に入れるということは多分ない。不満を述べたり現状に文句を言ったりすることはあっても、すぐに他の党に入れることはない。最近は無党派層(インディペンデント)が増えてきましたが、昔ながらのアメリカは、それぞれの党にかなり忠誠心が強かったのです。
●マンションの建て替えはなぜ難しいのか
この非連続の現象でハーシュマンが言っている「Loyalty(忠誠心)」の代わりに、私は、現状への固執、変化を嫌う「Status Quo(現状)」ということを申し上げたいと思います。
移住の問題に関して、こういうことがありました。バブル期に、都心の古いマンションを建て替えようという話になった。高層化して、その分を販売することによって、建て替え分の費用を負担せずに大きな部屋に移ることができる。これは全員一致でないといけないので、住民の説得にあたったときに、「いらない」という人がいた。「大きな部屋、新しい所でなくていい。私は、位牌とともに、おじいさんの思い出とともに、死ぬまでここで暮らしたい」というおばあさんがいたのです。この種の説得は、大変難しいわけです。先ほどコンパクトシティが難しいと言ったことと同じように、大変難しい。介護老人の場合も、実はそうなのです。
この種の「人が移りにくい」ことを逆に利用しているのが、例えばクレジットカードや携帯電話の囲い込みです。その囲い込みは、忠誠心があってそれにずっと固執するというより、ポイントカードのポイントなどでインセンティブをつけることと、その一方で、実は解約手続きが大変面倒であったり、解約違約金をペナルティとして払わなければならなかったりという両面があります。そ...