●トランプ陣営は少ない資金で大きな広告効果を生み出した
政治経験を持たず、本戦に出場できるはずがないと誰もが思っていたドナルド・トランプ候補が、共和党大統領候補の指名を勝ち得た大きな要因は、プラットフォームとしてのソーシャルメディアを、うまく活用してきたことにありました。
大統領選挙直前、10月末時点でのトランプ陣営の資金調達額は、政治資金団体の調達額を含めて、5.1億ドルでした。これに対して、ヒラリー・クリントン陣営は10.7億ドルです。トランプ陣営は、この点においては大きく後れを取っていたのです。高額なテレビ広告では、資金調達額で勝るクリントン陣営に、及びません。
そこでトランプ陣営は、オンラインでの政治広告に頼るのではなく、知名度と暴言を武器に、ツイッターやインスタグラムを通じて、頻繁に情報発信を行いました。今や1,200万人を超えるフォロワーが、トランプ氏の発言を一気に拡散すれば、大手メディアも追随してそれを報道します。こうして、トランプ氏優位のニュースサイクルが作り出されました。少ない資金で大きな広告効果を生み出すことに成功したのです。米リサーチ会社の試算によると、一昨年(2015年)5月から1年間で、トランプ氏がお金をかけることなく得た広告効果は、28億ドルに上ると言われています。
●ニュースサイクルが短縮化されている
さらにトランプ陣営は、ソーシャルメディアの負の側面を確信犯的に活用しました。ソーシャルメディアの負の側面とは、何でしょうか。簡単に説明します。これまで話してきたように、ソーシャルメディアが現代の選挙キャンペーンに欠かせないものとなる一方、さまざまな問題が生じています。
第1に、ネット空間における情報過多と、ニュースサイクルの短縮化の問題です。インターネットやニュース専門チャンネルの普及によって、ニュースサイクルは24時間化しました。さらに、報道機関のみならず、候補者や利害関係者、ブロガーといった第三者も情報を積極的に発信し、それがソーシャルメディアを通じて一気に拡散するため、ほんの数時間前のニュースもすぐに陳腐化してしまいます。
2012年の大統領選挙時と比べても、ニュースを含む選挙関連コンテンツは増加しており、その生産サイクルも著しく短縮化しています。その結果、確たる証拠に基づかない情報までもが、しばしばネット上に拡散されるようになっています。
●ソーシャルメディアは世論の分極化を招く
第2に、ソーシャルメディアはアメリカ世論の分極化を招く、という問題もあります。いわゆる「エコーチャンバー(残響室)」の問題です。Facebookユーザーは、Facebookが独自に開発するアルゴリズムによって、ユーザーの友達がシェアした投稿や記事、またユーザーの興味関心や好み、思想に合致する広告や記事ばかりを目にします。その結果、同じ信条や考えの人の意見ばかりを繰り返し消費する、閉じられた空間に生きることになるのです。
現に、多くのソーシャルメディアでは、保守派の生態系とリベラル派の生態系が、独自に発展しつつあります。そこには異なる意見は見られず、自分と異なる生態系への罵詈(ばり)雑言を執拗に書き込む、「トロール」と呼ばれる攻撃的な人々も、多数生息しています。
つまり、ソーシャルメディアの発展によって、世界と幅広く接触しているような錯覚に陥りますが、実態は、情報の洪水の中から、アルゴリズムやマイクロターゲティングによって選別された、限られた情報にしか触れない人々が、数多く生み出されているのです。彼らの多くは、自分の信じたいことだけを信じる傾向にあります。クリントン氏は、第1回大統領候補討論会でトランプ氏に対し、「ドナルド、あなたは自分で作り上げた現実の中に生きている」と喝破しましたが、これは現代のアメリカ社会全体に向けられるべき言葉であったとも言えます。
●大手メディアのチェック機能が弱まっている
第3に、権力者によるソーシャルメディアの活用が、従来信頼されてきた大手メディアのチェック機能を弱めている、ということも指摘されています。メディアのチェックを受けない権力者の声が、分極化された世論に直接届くということは、一歩間違えれば、権力者によるプロパガンダに利用される危険性があるということです。
さらに、プラットフォームとしてのソーシャルメディアが定着する中、従来の報道機関は、そこにニュースというコンテンツを提供「させてもらう」側に置かれ始めています。読者に記事を読んでもらうには、巨大なユーザーを抱えるFacebookなどの空間を使わせてもらわざるを得ないからです。その結果、ジャーナリストの洞察力よりも、クリック数の多さと個人の好みに合致するかどうかという基準で、アルゴリズムが無機質に下す判断の方が、重要性を増...