事故当時、発電所内のプロであるプラントエンジニアたちがいかに極限状況で闘い抜いたか。当事者たちから生の証言を聞いた門田氏は、取材時を振り返りながら映画『Fukushima 50』やドラマ『The Days』などでは伝えきれなかったことを語っていく。とりわけ胸を打つのは、いよいよ「ベント」への突入を敢行する、そのときだ。それはまさに死を覚悟しなければいけない極限状態での決断であった。誰もが「自分が行く!」と手を挙げようとするが、体が金縛りのようになって動かない。そして、しばしの沈黙の後、彼らが取った行動とは。(全6話中第4話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
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●すべての情報を失う「全電源喪失」の中で
―― どういう対策を打ったのかというところも、どう闘ったのかというのもそうですが、後から振り返ってみて、「もっとああできたのではないか」「こうできたのではないか」という後語りはいくらでもできると思います。
しかし、何が起きているか分からない、連絡手段も限られている、どういう決定が下されているかも、事故直後の混乱の中では正直なところ分からない。官邸からは連絡が来るし、東電本店からも連絡が来る。このように非常に混乱し、錯綜した状況の中で、それでもこれだけのことをできたということですね。
門田 そうですね、すごいです。全電源喪失は情報が取れなくなるわけで、全ての電気が落ちてしまうと、水圧も水量も放射線量も、何も分からないのだから、それはつらいですね。
そういう中で、どうやって状況を判断したのかというと、その朝、プラントエンジニアたちが乗ってきた自家用車からバッテリーを外してきた。要するに、これはもう帰れなくなる、脱出できなくなるということです。みんな自分の車からバッテリーを外してきて、必要なときだけそれをつないでパッと出す。水量計がいくつ、圧力計がいくつ、線量計がどうかということを、そのたびごとにつないで、パッと出すわけですが、この人たちはその数値が正しいかどうかも疑っていたわけです。このように出している数字は正しいのかどうかと。
そして、決死の覚悟でベントに行った大友喜久夫氏が、ベント成功後一刻も早く脱出しないといけないにもかかわらず、(いよいよバルブを)開けて、脱出しようとするとき、(ペアの)大井川氏の肩をポンポンと(叩いた)。宇宙遊泳の格好だから何も聞こえない。パッと振り返ると、カーッと(後ろを)指差していたらしいのです。
ベントを成功させて今、戻ろうとしているところなのに何だろうと思ったら、もう(大友氏は)スタスタ行っている。せっかく(建屋)内部に入ったので、水圧計と線量計の数値を確かめようとしたのです。
(現場の計器を)見て、建屋を脱出し、中操(中央制御室)に戻ってきて、「ベント成功しました!」と着ていた服を開けた後、「すぐつないで!」と叫ぶ。それでバッテリーをつないで、水量計や圧力計の数値を出してみた。そうすると、今見てきたばかりの数字とほとんど同じだった。それで「俺たちがやっている方法...