なぜ今、「北方領土」で済んでいるのか――。北海道占領を狙うソ連軍を占守島で食い止めた樋口季一郎中将の決断と、命を懸けて戦った男たちがいなければ、戦後日本の「国のかたち」はまったく変わっていた。ポツダム宣言受諾後にもかかわらず、自らの本義を忘れず、日本国民の命と日本の国土とを守り抜こうとした勇者たち――樋口季一郎は、まちがいなくその一人だった。すべての責任を引き受けることを恐れず断固として行動し、3つの奇跡を成し遂げた樋口季一郎の姿に、今こそ私たちは学ぶべきであろう。(全4話中第4話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●終戦後に日本を守った人々のことを語り継がねばならない
門田 それで今、北方四島でなぜ済んでいるかというと、北方四島しか占領できなかったわけです。先ほど(話した)釧路と留萌は斜め(の位置)なのですよ。この北半分というか北東半分、(つまり)北海道の北東半分は俺(ソ連)が取るからねと決めているわけですから、そこまで行かないと、これは命令が完遂できないわけだけれど、もう初っ端に占守島でやられたことによって、北海道は助かったのです。
だから、この名将の一人である戦車第十一連隊連隊長の池田末男大佐の現場での戦い、そして、樋口季一郎中将の撃滅命令、これで戦後日本の国境線(を守ったのです)。今も「北方領土、北方領土」と言っているけれど、北方領土で済んでいるのはなぜか。ここをもっと知らなければいけないですね。私は、いろんな機会を通じて、この戦いの話をするのですけれど、あまりにも知っている人が少ないですよね。
早坂 北海道でも知らないですからね。
門田 それで、吉田茂の『回想十年』の中には、書いているのですよ。だから、マッカーサーが辞めたあと、自分がアメリカに外遊したときに、マッカーサーと会ったときに、この話もしているのです。「いや、実はもう北海道は取られていたところだったんだよ」という話を吉田茂は聞くわけです。やっぱりそうだったのかということで、それが『回想十年』の、吉田茂の本の中に出てきます。そのぐらい重要な戦いだった。
早坂 これで国のかたちが変わったわけですよね。
門田 そうですね。先ほどから言っているように、樋口を語るならば、信念と決断の人じゃないですか。戦後の日本も、北方領土を取られているのは問題なのですけれど、ここで止まっている理由はきちんと歴史で知らないといけないですね。
早坂 ですから、戦後、樋口は、オトポールのこともあまり語らなかったんだけれど、占守島のことも自ら誇るようなことはなかったのですね。
ただ、お孫さんの樋口隆一さんから聞いたのですけれど、戦後の日本は負け戦ばかり語り継いでいると。負け戦の反省をするのも大事だけれど、勝った戦いもある。まさに占守島のことを指していると思うのですけれど、その戦いがなかったら国のかたちが変わっていた。そのような戦闘があったのだと。それはしっかり語り継いでほしいということは、戦後、(祖父である)樋口...