「無為」とは「何もしないこと」ではないと、田口氏は説く。それは「緊張感を持って見つめること」なのである。現代医療はエビデンスや画一的な治療法を機械的に当てはめる「介在者」に陥りがちだが、本来医者は患者と一対一で向きあい、緊張感を持って見つめるべきなのだ。その象徴として挙げられるのが後藤新平である。彼はかつて病院長や政治家といった要職にありながら、患者一人ひとりを丁寧に診る情熱を失わなかった。さらに鍵になるのが、「矛盾を大歓迎する」という東洋思想だ。効率性の追求と個人の尊重という矛盾を抱えながらも、相手の価値観や生活背景を見つめ続ける姿勢にこそ、真のプロフェッショナル性が宿るのである。(全9話中第6話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツ・アカデミー論説主幹
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●無為とは緊張感を持って見つめること――後藤新平に学ぶ
田口 それから、押し付けがましくないということ。簡単にいうと、先ほどから「無為」と言っていますけれど、無為自然というものを現代に当てはめて、どのように皆さんにご説明したらいいかが悩みで、10年ほど考えたのです。
いろいろなことがヒントになったのですが、「無為とは何なのですか?」と聞かれると、中には「何もしないこと」という(人がいますけれど)、それはとんでもないことだと。(そして)私はこう言っているのです。「緊張感を持って見つめていること」だと。
これは、ユングの自伝の中に出てきた言葉がヒントになっています。孫が1歳になったとき、その子ども(1歳の親)が「お父さん、歩けるようになったんだ」「連れていくから」と言うから、「そうか。では歩けるところを少し見せてもらおうか」と答えて「はい、歩いて」と言うと、こんな感じで孫は歩きますよね。しかし、すぐ転ぶかも分からないから、後ろからいつでもこうやって(見守っている)。
堀江 なるほど。
田口 (つまり)緊張感を持って見つめるということ。これが無為なのです。だから、緊張感を持って見つめるのが親で、緊張感を持って社員を見つめているのが社長だということです。(堀江)先生の場合、(それが立場上)病院長になるのですが、そういうことです。
そういう意味で、そういうことを大変しっかりと行った人は誰かというとき、あることからとても興味を持った人に――先生と同業ですが――後藤新平という人がいました。
堀江 はい。
田口 (この人は、)一つの本にしようと思ってもそうならないぐらい探れば探るほど面白い(ことがたくさん出てくる)人なのです。だから、いまだにそれを続行中なのですけれど。
先生にもそういうところがあると思うのですけれど、まず一番最初に医者は目の前の患者さんをなんとかしなくてはいけないということがありますよね。患者さんをなんとかして生かさなければいけないという情熱がほとばしっているということです。
病院長となると、一人の患者ということも(頭の中には)あるけれど、病院全体のことを考えなければいけない、となってしまう。
ところが、後藤新平は、病院長になってからも、患者さんが何百人といても、一人のときと変わらない情熱を持って患者さんを診ることができた人なので...