『老子』は漢籍の中で唯一「否定している書」だと語りかける田口氏。25歳の時に大怪我から生還する契機となった『老子』との出会いを回想する。『老子』は、あらゆる問題を表層的に解決しようと不必要な行動を重ねる私たちに対して、「君の生き方は間違っているぞ」と戒め、もっと深いところで思索することを強烈に説いている。『老子』が求めるのは、「絶対自由の境地」なのである。これを受けて、堀江氏は現代の「健康信仰」によるがんじがらめの管理や不安に対し、生命を維持する中での真の「自由」とは何かを医療の視点から老子の教えをもとに深く考察していく。(全9話中第1話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツ・アカデミー論説主幹)
老子の神髄
『老子』が求める「絶対自由の境地」とは?…そして創造長寿へ
老子の神髄(1)「絶対自由の境地」を求めて
2.無為とは「絶対なる喜びを得る」こと…その境地こそ長寿への秘訣
2026年6月26日配信予定
3.アンチフラジャイル…老子の説く「道」とは「肝っ玉母さん」である
2026年7月2日配信予定
4.生成化育――「自ずと然り」のメッセージと「突破する力」の歓喜
2026年7月3日配信予定
4.生成化育――「自ずと然り」のメッセージと「突破する力」の歓喜
2026年7月3日配信予定
5.タイトル未定
2026年7月9日配信予定
6.タイトル未定
2026年7月10日配信予定
7.タイトル未定
2026年7月16日配信予定
8.タイトル未定
2026年7月17日配信予定
9.タイトル未定
2026年7月23日配信予定
時間:8分17秒
収録日:2025年11月27日
追加日:2026年6月25日
収録日:2025年11月27日
追加日:2026年6月25日
≪全文≫
●創造長寿について考えるきっかけ
―― 田口先生、堀江先生、どうぞよろしくお願いします。
堀江 よろしくお願いします。
田口 よろしくお願いします。ありがたいことですね。
―― 本当、ありがたいなと思います。堀江先生が唱える「創造長寿」と、老子とその法則を結びつけるという形で、どうして田口先生に老子についてお聞きしたいと思ったか、そのあたりから(お話を)始めていただいてよろしいでしょうか。
堀江 ありがとうございます。田口先生、このような機会を頂戴して、本当にワクワクしています。
中国に「水滸伝」という物語がございます。(私が)小学校の時、なぜか親父が「これを読め」ということで、岩波少年文庫にあったので(読むと)、その本の巻頭が(次のような話でした)。その時の皇帝より、病気(疫病)が治まるように祈願をするようにとの命で、(ある)山にお坊さんの長老がいらっしゃると聞いたので、都からえらい将軍が(その長老に)会いに行きます。要するに、その祈願をしてくれと(お願いするためです)。
(すると、)会いに行く山道の途中に子どもがいたので、「道はどっちだ」と聞くと、「あっちだよ」などと言う。それでその道を行ってお寺に行ってみると、もうお寺には(長老は)いなくて、聞いてみると「残念なことでした」と。子どもに見えた人が、その長老のお坊さんだったのだと。
ですから、本来なら大変な修行をした高齢の長老の(はずの)お坊さんが、子どもになって登場してきた、ということが非常に印象的で、「創造長寿」も、ある意味、直線的な話というか、あるいは人間の欲ということではなくて、そこには老子という考え方もあるのかなと(思ったので、)まず先生にお伺いしたいというところです。
田口 なんだかワクワクするような話なのです。どうしてかというと、私は25歳の時に、タイのバンコクで全身47針ですか、(それくらい)裂ける(ような大怪我を負った)のです。(そのときは)死のほうへ行っているという体験がたくさんあって、俗にいう臨死体験の取材も受けましたけれど、そういう状態だったのです。
それである時に在留邦人の方が2冊の本を差し入れてくださったのです。1つは『論語』です。これはなぜか全く覚えていないのです。(もう1つは)『老子』で、白文だったのです。白文などそれまで読んだことがない人間にとっては、...
●創造長寿について考えるきっかけ
―― 田口先生、堀江先生、どうぞよろしくお願いします。
堀江 よろしくお願いします。
田口 よろしくお願いします。ありがたいことですね。
―― 本当、ありがたいなと思います。堀江先生が唱える「創造長寿」と、老子とその法則を結びつけるという形で、どうして田口先生に老子についてお聞きしたいと思ったか、そのあたりから(お話を)始めていただいてよろしいでしょうか。
堀江 ありがとうございます。田口先生、このような機会を頂戴して、本当にワクワクしています。
中国に「水滸伝」という物語がございます。(私が)小学校の時、なぜか親父が「これを読め」ということで、岩波少年文庫にあったので(読むと)、その本の巻頭が(次のような話でした)。その時の皇帝より、病気(疫病)が治まるように祈願をするようにとの命で、(ある)山にお坊さんの長老がいらっしゃると聞いたので、都からえらい将軍が(その長老に)会いに行きます。要するに、その祈願をしてくれと(お願いするためです)。
(すると、)会いに行く山道の途中に子どもがいたので、「道はどっちだ」と聞くと、「あっちだよ」などと言う。それでその道を行ってお寺に行ってみると、もうお寺には(長老は)いなくて、聞いてみると「残念なことでした」と。子どもに見えた人が、その長老のお坊さんだったのだと。
ですから、本来なら大変な修行をした高齢の長老の(はずの)お坊さんが、子どもになって登場してきた、ということが非常に印象的で、「創造長寿」も、ある意味、直線的な話というか、あるいは人間の欲ということではなくて、そこには老子という考え方もあるのかなと(思ったので、)まず先生にお伺いしたいというところです。
田口 なんだかワクワクするような話なのです。どうしてかというと、私は25歳の時に、タイのバンコクで全身47針ですか、(それくらい)裂ける(ような大怪我を負った)のです。(そのときは)死のほうへ行っているという体験がたくさんあって、俗にいう臨死体験の取材も受けましたけれど、そういう状態だったのです。
それである時に在留邦人の方が2冊の本を差し入れてくださったのです。1つは『論語』です。これはなぜか全く覚えていないのです。(もう1つは)『老子』で、白文だったのです。白文などそれまで読んだことがない人間にとっては、...