近年注目される「ウェルビーイング」の概念に対し、東洋思想の視点からその本質を解き明かす最終話。西洋的な要素に分解する理論構築とは異なり、東洋思想や江戸の幼年教育が重んじたのは、「感謝の人間関係」を築くことと、「一つ一つを丁寧に 真心込めて」生きるという根源的な姿勢である。さらに、加齢による変化を受け入れつつ、新たなものを生み出し続ける「創造長寿」の生き方についても議論が交わされる。(全9話中第9話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツ・アカデミー論説主幹)
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●嫌われない人間になることと、利己主義で孤立しないこと
田口 それでこれは、私のほうから堀江先生にお伺いしたいことですが、実は今、私へのリクエストで断然増えているのは、近代西洋思想型の西洋科学のほうから「こういう問題は、東洋思想でどう考えるのですか」というものです。そのとき、「ウェルビーイングを東洋思想ではどう言っているのですか」ということを問われることが多いのです。
そのときにどうしても出てくるのは、ご承知の通りセリグマンの「PERMA理論」です。(具体的には)ポジティブな感情、没頭・没入、良好な人間関係、生きる理由と目的、達成感ということですよね。それからギャラップの(ウェルビーイング5要素では、)良好なキャリア、良好な人間関係、良好な経済的状況、良好な心身、良好な地域社会組織を挙げているのです。
それも全く異論はないし重要なのだけれど、東洋思想のほうはもう少し根源的に言っているわけです。
何を言っているかというと、簡単にいうと、まず「生きる」とはどういうことかというところから、とても重要なことを2つ言っているのです。それは、江戸の父親・母親が子どもに対して幼年教育で必ず言っていることがあったのです。
それは何かというと、「世間は何からできているか」ということと、「世間は誰からできているか」ということです。もう毎日というぐらいにそれを聞かされるから、またかというほどです。正解は自分と他人です。自分は何人かというと、一人です。それは何を意味しているのかというと、「自己中心になって利己主義になると、孤立する」ということです。(江戸時代は)そういうことを二歳、三歳の子どもから徹底的に教えたものなのです。そうすると、どうなるかというと、「孤立しない」ということがまず第一です。
それから、「お前が『嫌いだ』『あの子は嫌だ』という子は、どういう人?」ということも聞くのです。そうすると、簡単にいうと利己主義な人間です。いろいろと「勝手なやつ」とか言うけれど、結論からいうと利己主義な人です。つまり、「嫌われない人間になること」と「利己主義で孤立しないこと」、これがまず一番重要なことではないかと言っているわけです。
「そのために何があるのですか?」というと、そこで「徳」という言葉が出てくるのです。
どうしてそこで徳を出さなければいけないかというと...