しなやかさとしたたかさ――この柔弱性を兼ね備えた最たるものは何か。形あるものが崩れていくエントロピーの法則に対し、あらかじめ崩れた状態にありながら、いかなる隙間にも入り込める「水」を柔弱の極致、すなわち老子の精神の代弁者と考える田口氏。これは、『ブラック・スワン』の著者タレブの提唱する「アンチフラジャイル(反脆弱性)」の概念と合致すると指摘する。さらに話は「上善水の如し」の本質へとつながっていく。そこから、現代の管理社会や老化を乗り越える「柔」のヒントを見いだす。(全9話中第3話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツ・アカデミー論説主幹)
≪全文≫
●「しなやかの先」は「したたか」である
田口 それから今、先生が言われたからそのお話になるけれど、「柔弱は剛強に勝る」ということで、柔らかいということはどこまでいけるのかなと試してみる必要があるのです。
心が柔らかいとはどういうことかというと、「しなやか」という言葉がありますね。先生、しなやかの先に何があると思いますか。
堀江 「しなやかの先」ですか。なんですかね。
田口 したたか。
堀江 したたか、なるほど。
田口 先ほど水滸伝の話がありましたよね。あれも、いろいろな人間に揉まれて、したたかな勉強をしているという感じです。ということは、ある種、したたかということを承知して、気づいて、いつだって繰り出せるけれど(今はまだ)置いてあると。
堀江 なるほど。
田口 それで生きている。だから、いざとなったら、したたかという伝家の宝刀が出せる。そういう前提に立って年を取っていくということが、とても重要なのではないかと思います。
堀江 今、田口先生がおっしゃった「しなやかさとしたたかさ」についてですが、最近、私の好きな人でナシーム・タレブ(レバノン系アメリカ人の作家、思想家)という面白い人がいて、『ブラック・スワン』という本を書いています。起こり得ないようなことが当然起こるということで、そういったいろいろな変化に対応できることが自由にもつながっていくのですけれど、社会の中でのもろい構造について、いろいろと指摘をしています。
簡単にいえば、自分では責任を取らないのにいろいろなことを言っている人――よくやり玉にあげられるのは評論家のような人ですが――がいるのですが、実際に自分で責任を持って手を下すことが大事で、(そのときに鍵になるのは)まさに先生がおっしゃった、しなやかさとしたたかさの2つではないかなと。
田口 私はタレブの本を人に勧められて読んだ時、ハッと直感的に思ったことがあるのです。それは、老子の中で非常に特徴的な存在として一つ出てくるものです。それがなぜ重要なのかというと、「形あるものは崩れていく」という前提だからです。
堀江 なるほど。
田口 これは科学もそうですね。
堀江 おっしゃる通りです。
田口 エントロピー。崩れていくのです。「崩れていく」ということを知っているのに、そういう法則に身を任せて崩れていくだけではしょうがないで...