昭和の名将・根本博――。一般にはまだ、それほどよく知られた方ではないかもしれません。しかしとりわけ戦後、人間としての「本義」を貫く決断をした人物です。
1つは、敗戦の直前・直後の内蒙古でのことでした。内蒙古は、当時、ソ連の衛星国だったモンゴルのすぐ南に隣接する地域であり、終戦の直前にソ連軍が侵攻してきます。そして8月15日を迎え、日本軍の降伏と武装解除の命令が下されるなか、駐蒙軍司令官だった根本は決断を迫られます。命令どおりにソ連軍に降伏して、内蒙古在留の日本人4万人をソ連軍のなすがままに任せるのか。それとも、命令違反を犯してまでもソ連軍と戦い続け、日本人が退避する時間をかせぐのか――。根本は悩みつつ、後者の道を選ぶのです。
もう1つは、昭和24年(1949年)のこと。当時、中国の「国共内戦」で国民党と共産党が死闘を繰り広げていましたが、国民党は敗走を重ね、ついに台湾に追い込まれます。しかし蒋介石率いる国民党政権は、日本の敗戦後、邦人の日本帰還において寛大な扱いをしてくれていました。その温情を受けた日本側の責任者として、恩義に応え、台湾を救うために力を尽くすべきではないか。そう考えた根本は、ほとんど伝手もないまま、台湾に「密航」します。そのためその地で逮捕収監されてしまいますが、変わった日本人が密航してきたことが国民党軍の高官に伝わり――。ここから金門戦争での根本の活躍につながっていくのです。
今回の編集部ラジオでは、講義中では簡単な紹介だけになっていた根本博の「経歴」をあらためて解説しつつ、この講義シリーズを深く理解するためにお役立ていただける背景をお話しさせていただきました。ぜひ、講義視聴のご参考にご活用いただければ幸いです。
この講義シリーズは第2話まで
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