●「甘え」から日本人の本質をえぐり出したインパクト
評論家の與那覇潤です。今回は、土居健郎さんの、ベストセラーにして戦後を代表する日本人論の1冊でもある『「甘え」の構造』を今、読み直すことで見えてくる日本社会の謎ということをテーマにお話しさせていただければ思っております。
おそらく、一定の年齢以上の方だと名前は御記憶の方が多いのではないかと思うのが、この『「甘え」の構造』という本でして、著者の土居健郎さんの本業は精神科医です。この本は、1971年2月の出版ですから、まだ大学を中心に学生運動が盛んだった70年安保の熱気が残っていた時期に書かれて、大変なベストセラーになっております。
ですので、私は『平成史―昨日の世界のすべて』(與那覇潤著、文藝春秋)という本で、この1970年から、実は広い意味で言う平成、今に続く時代は始まっていたのではないかと言うときにも、一つのシンボルとしてこの『「甘え」の構造』とあの学生運動の関係に触れたことがありました。
実際にどれくらいヒットしたかというと、最新版がこちらの表紙なのですが、あまりにもヒットしたので、『続「甘え」の構造』など、著者の土居さんの本業は精神科医であるのに、この後同じ出版社から計5冊くらいの「甘え」がタイトルに入る関連書籍が出ているのです。それくらい大きなインパクトを当時の日本に与えた書物と言って良いのではないかと思います。
ちなみに土居さんは、1971年の2月にこの『「甘え」の構造』の初版は出るのですが、ちょうどその年に聖路加国際病院から東京大学医学部に移っています。日本での精神医学や精神分析のパイオニアといえる方が書かれた本であるわけです。
なぜここまで、関連書が5冊以上も出てしまうほどヒットしたのかというと、やはりこの「甘え」をキーワードとして日本人らしさのようなことを切り取ると、すごく日本人のポイントが見えてくるのではないかと思います。
●「甘え」についてだけ日本語で話したイギリス人女性からの示唆
こういうネーミングの巧さがヒットの大きな要因ではなかったかと思うのですが、なぜ精神科医を本業としていらっしゃる土居さんが、甘えという切り口で日本人を語ってみようと思ったのでしょうか。
その原因となるエピソードは、これもきっかけだ、あれもきっかけだ、と思い出話みたいに語られるタイプの本なのですが、一番印象に残るエピソードは、2007年に出た『「甘え」の構造(増補普及版)』の26ページに出ています。
土居さんがある患者さんを診察していたとき、そのお母様がイギリス人の女性なのだけど、日本で生まれた人でした。だから日本語も英語も両方流暢な方で、土居さんも英語ができたので、基本的には英語で、「この子はどういうふうに育ったのですか」とか、「今何に悩んでいるのですか」と、その患者さんのお母様と英語で話していたのが、そのイギリス人のお母さんが、「小さいときに、この子はあまり甘えない子でした」と言うときだけ日本語で話したのです。
そこで土居さんが気になって、「なんであの話のときだけ日本語で話したのですか」と言ったら、どうも「甘え」という言い方にしっくりくる英語がないように思ったので、甘えませんでしたと言うときだけ日本語になったと患者さんのお母様が言ったことを土居さんは覚えていて、どうもこの「甘え」というのは日本人にしかない概念なのかもしれないぞ、と考えました。これが、日本人を「甘え」という観点で研究していく切り口になったきっかけであるわけです。
ところが、土居さんは本業が精神科医ですから、例えば、英語圏に向けて精神医学の論文でこの「甘え」について言及したりすることもあるので、本当に日本語にしかないのか、翻訳不可能なのかというと、そうでもないというようなことも書かれるのです。
●日本文化と「母性」の深い関係とは?
本書の30ページでは、欧米の精神分析系、つまりフロイト(本書ではフロイド)系の思想家の用語で「受身的対象愛」と呼ばれているものが、日本人が「甘え」とナチュラルで言っているものに近いのではないか、といったことを書いたりもしています。「甘え」は日本にしかないのですかというと、相当するものは欧米にもきっとあるのだが、それはもっと難しい用語で言うのではないか、ということをおっしゃっていたりします。
では、この「受身的対象愛」とは何かというと、単純にいうと、要するに、赤ちゃんがお母さんに愛して欲しいという、自分から愛するというよりも愛されたいと、お母さん、僕(私)を愛してと、乳幼児の段階の子どもがお母さんに対して抱く、「愛してくれ」という気...