●『還暦からの底力』は人生の基本軸を変える名著
―― 皆様、こんにちは。本日は、立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明先生にお話をうかがいます。出口先生、本日はどうぞよろしくお願いをいたします。
出口 はい、こちらこそよろしくお願いします。
―― 最近出口先生がお書きになった『還暦からの底力―歴史・人・旅に学ぶ生き方』(講談社現代新書)ですが、大変すばらしい本でございますね。
出口 ありがとうございます。
―― この本を読んでいると、考え方が根底から変わると申しますか、人生における基本の軸が大きく変わるような感じを受けまして、ぜひそのあたりのお話をうかがえればという思いで、今日機会をいただきました。どうぞよろしくお願いをいたします。
出口 うれしいです。ありがとうございます。
―― 先生がこの本をお書きになった動機、この内容を世に問おうと思われたきっかけは、どういうところでしたでしょうか。
出口 基本的に僕はナマケモノで受け身タイプの人間なので、自分から世に問うというのではなくて、出版社の編集の方がこういう本をぜひ作りたいからと。その熱意にほだされて、じゃあ、やりましょうかという感じでスタートしました。
―― 出口先生が日頃お考えになっているものが凝縮して出てきた、きわめて濃密な一冊だと思います。今回は二つのテーマでお話をお聞きできればと思っています。一つ目は「定年型社会から脱却しよう」という先生からのメッセージについて、二つ目が「人生を幸福にする発想法」。これらを中心にお聞きできればと思います。
●英語にはない「定年」の言葉と発想
―― まず一つ目の「定年型社会」ですね。今、日本人は定年があるのが当たり前のことになっています。最近でこそ「定年延長」というような形で、定年が終わった後も少し働くようになっていますが、先生は「いやいや、そんなものではなくて、働けるうちは働こう」ということを、まずこの本でおっしゃっています。
出口 まず、「定年」という言葉に相当する英語はないのですよ。つまり、世界には定年という発想がないのです。われわれは「定年が当たり前」だと思っていますが、実は「一括採用、終身雇用、年功序列、定年」というワンセットの労働慣行は、戦後の日本が生み出した特異なもので、この前提条件は人口の増加と高度成長なのです。
例えば、日本が独立を果たして、国連に加盟した1956年からバブルが崩壊する1990年までの40年近くにわたって、日本の成長率を平均してみると毎年7パーセントぐらいの高度成長を達成しています。7パーセント成長するということは、同じ仕事をやっている場合、毎年7パーセント増で人を採用しなければ業務が遂行できないということです。7パーセント増はけっこう大変で、100人の企業だと新しく7人採用しなければなりません
その間、人口はどんどん増えていきます。みんなが成長するということは、売り上げも必ず伸びるわけですから、まず大学、あるいは高校を卒業した人を一括採用するわけです。また、途中で辞められたら次に10パーセント増ぐらいを採用しないといけなくなるので、できるだけ大事にして、転職できないようにしたりする。例えば、当時、住友銀行を辞めた人は三菱銀行に勤めることができなかったように、互いに紳士協定を結んで、一度採用した人を囲い込むという行為をみんながしていました。
●「年功序列や定年」は高度成長と人口増があって初めて可能
出口 以上により、一括採用・終身雇用という仕組みが出来上がります。終身雇用するのだったら、年功序列のほうが人事部は楽でしょう。人を評価するのはすごく難しいし、いやな仕事じゃないですか。
―― そうですね。なかなか精神的にも厳しい仕事です。
出口 そこを年功で、「5年たてば係長、10年で課長」と決めておけば、楽じゃないですか。だから「年功序列」という考え方が出来上がったのです。
―― 日本独特の企業に対する忠誠心なども、それに養われてきた部分がありますね。
出口 そうかもしれません。年功序列になると、役職者は高齢者中心になるので、定年をつくって、「キープ・ヤング」を守るようにする。でも、高度成長ですから退職金も払えて、みんなは文句をいわない。つまり「一括採用、終身雇用、年功序列、定年」というのは、高度成長と人口の増加があって初めて可能になる、ガラパゴス的な労働慣行なのです。
ところが、現状は人口の増加や高度成長という前提条件そのものがとっくに崩れてどこにもないわけです。普通、人を雇うのはどういうことかと考えてみる場合、町のラーメン店を考えると分かりやすいと思います。お客さんが列をなせば人を雇えます。お客さんがいなくなれば、「ごめんね」といって、辞めてもらいます。このように、必要なときに...
(出口治明著、講談社現代新書)