●過去をケーススタディする「歴史」の重要性
―― 先生が常日頃からご指摘になっていることに、古典と歴史に学ぶ重要性がありますね。
出口 世の中、何が起こるか、誰にも分からないからです。
―― 特に今のご時世ですと、ほんとに何がどうなるか分からないですね。
出口 半年前に新型コロナウイルスを予見した人がほぼいなかったように、将来何が起こるかは誰にも分からない。ダーウィンがいうように、何かが起こったときに、賢い人や強い人が生き残るわけではない。起こった何かに対して上手に適応した人だけが生き残る。これはアインシュタインの相対性理論と同じような自然界の摂理であり、原理です。
だから、人間にとって大事なことは極論すれば適応力だけなのです。そして、適応するためには、たくさんのケースを知っていたほうが適応しやすい。
―― 確かにそういえば、ケースですね。
出口 例えば日本では、いつ南海トラフ地震が起こるか分からないといわれているでしょう。では、大地震が起こったときに、東日本大震災のことを勉強した人としなかった人とでは、どちらが助かりやすいと思われますか。
―― それはもう、言うまでもないことですよね。
出口 そうですよね。つまり歴史は何かといえば、過去のケーススタディなのです。ビスマルクは「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という名言を残しています。これはなにかというと、当時の人生は50年ほどですから、働いている期間はせいぜい20~30年です。その間に大震災が起こらなければ、そのことは学べないわけです。
―― そういうことですね。
出口 でも、歴史を学んだら、少なくとも文字が書かれてから5000年ぐらいはたっているわけですから、大震災の記憶も残っています。だから、ビスマルクのこの名言は、「時間軸」の話をしているわけです。
歴史は、過去に起こったことをケーススタディとして記録したものです。役に立つかどうかは分からないけれど、悲しいことに教材は過去にしかない。だから、歴史はケーススタディであり、最適の教材です。いろいろなことが起こったときに、われわれの先祖がどのように適応したのかを知っていれば、ひょっとしたら何かが起こったときに役に立つかもしれない。
●残っているものは、歴史も本も全部素晴らしい
―― しかも、歴史というものはまさに人生を賭けた深いドラマがありますから、味わいも非常に深いものがありますね。
出口 人生を賭けたドラマのない歴史もあるのです。
―― ないと思いますね。
出口 いや、あるのですが、そういう歴史は残らないのです。歴史は何かといえば、今まで地球上に生きた全ての人々の人生の集大成です。劇的な人生を送った人の事績は、面白いから残るのです。でも、ある村に生まれて、お酒が好きで、何も働かないでお酒を飲んでいて、早く死んでしまった人の話は、あまり面白くないので消えてしまうのです。
―― それは、そうですね。
出口 だから、残っている歴史は全部面白いのです。参考になるだけではなくて、面白い。だから、僕は歴史が好きだし、学ぶべき価値があると思います。古典も一緒です。本も無数に出版されますが、面白くない本は増刷されない。翻訳もされないのですぐに消えてしまいます。
―― そうですね。
出口 今残っている古典は、シェイクスピアにしても、近松門左衛門にしても、面白いから残っているわけです。歴史と同じですよね。
―― そうですね。まさにダーウィンの唱えた法則のように、ずっと面白いと思われ続けなければ残らないというところですね。
出口 はい。だから残っているものは全部素晴らしいのです。古典も歴史も、年月という時間軸のマーケットの中でもまれて生き残ってきたものですから、素晴らしいに決まっているのです。
●「おいしい人生」を因数分解してみる
―― さらに、これも先生がよくご指摘されるところですけれども、「教養こそがおいしい人生をつくる」。先生の「おいしい人生」という名フレーズに目が止まりますが、これはとても大事なところですね。
出口 「おいしい人生」の意味を知ってもらうため、若い人に対しては、「おいしいご飯とまずいご飯、どちらが食べたいですか」と訊くと、みんな「おいしいご飯」に手を挙げます。
―― それは、そうですよね。
出口 次に、おいしいご飯を因数分解すると、どうなるかを問う。いろいろな材料を集めて、上手にクッキングすれば、おいしいご飯になります。材料だけでは食べられません。生の椎茸をかじっても、あまりおいしくないですよね。
―― そうですね。やはりそこに手を加えたいですね。
出口 だから、まずいご飯よりおいしいご飯のほうがいい。おいしいご飯は、(いろいろな材料)×(クッキング能力)です。
では、「おい...