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独裁ができない戦前日本…大日本帝国憲法とシラスの論理

戦前日本の「未完のファシズム」と現代(1)シラス論と日本の政治

片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授/音楽評論家
情報・テキスト
『未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命』
(片山杜秀著、新潮選書)
日本は明治以降、どのような考え方で近代国家をつくり、結果として昭和の敗戦を招いてしまったのか。実は、戦前の日本は非常に強権的で、国家主義的で、帝国主義的であるという歴史観は、あまり正しくはない。大日本帝国憲法も、今、大いに誤解されている。戦前の日本は「独裁ができない仕組み」になっていたのだ。手がかりとなるのは、天皇の「シラス」の論理による統治である。大日本帝国憲法の下で目指されたのは「シラス」による王政復古と文明開化の両立だった。(2020年2月26日開催:日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「戦前日本の『未完のファシズム』と現代」より9話中1話)
時間:11:56
収録日:2020/02/26
追加日:2020/06/16
キーワード:
≪全文≫

●総力戦時代における日本の陸軍


 片山です。今回のお話は、少し前に私が出した『未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命』(新潮選書)という本についてです。この本は、第一次世界大戦からちょうど100年後に出されました。第一次世界大戦は、1914年~1918年に生じました。そのため、ベルサイユ講和条約が結ばれてから100年後が2019年です。

 京都大学では、第一次世界大戦についての研究会が長らく行われていました。ベルサイユ条約から100周年に合わせた時期に、私はその研究会に呼ばれました。そこで「日本と第一次世界大戦」というテーマで、研究していたことを発表することになり、なかば無理やりではありましたが、思いついたのが「未完のファシズム」で、それを本にまとめることができました。

 そこで論じたのは、第一次世界大戦という総力戦の時代に直面した後、日本の陸軍がいかに対応していったのかということです。第二次世界大戦の日本の陸軍は、良く言われることが少ない組織です。第一次世界大戦をよく分かっていなかったため、その後もダメだったのだという議論が、よくなされています。それに対して私の考えは、日本の陸軍は第一次世界大戦をよく分かっていたにもかかわらず、力がないので対応できず無理なことを考え、結局おかしくなっていったのだ、というものです。「未完のファシズム」は、こうしたストーリーで日本の陸軍を描きました。


●戦前日本は独裁ができない仕組みになっていた


 『未完のファシズム』という書名は、戦前日本の問題が、単に陸軍に限ったものではないということを表しています。陸軍も、一本筋を通そうと思っていました。陸軍の中でも色々なアイデアがあり、大正時代から「こうすればなんとかなるんじゃないか」とずっと模索されていました。しかし明治憲法体制の日本は、そうしたアイデアを統一的な国家ビジョンに高めて貫こうとしても、非常にやりにくい組織になっていました。

 一般に、明治憲法体制や大日本帝国、帝国主義、明治政府は、戦後の日本よりも非常に強権的であり、強い国家指導によって実現していたと考えられています。非常に国家主義的で、帝国主義的であるという歴史観です。今でもそう思っておられる方が多いでしょう。しかし私の理解では、こうした歴史観はあまり正しくありません。少し後で補足しますが、明治国家は王政復古です。王政復古とは、国家を以前のように天皇中心に組み直すことを意味します。そして二度と、他のものに政治を取られないようにすることを目指すことです。

 つまり、征夷大将軍や摂政、関白、太閤、織田信長のような武家、藤原氏などのような貴族が天皇の政治を二度と壟断(ろうだん)しないような仕組みを、明治国家は念頭に置いていたのです。藤原氏、源氏、平家、足利氏、徳川氏のような強いものが出てこないようにすることを基本的なデザインとしました。ですから、いかに権力が集中させないかが重要となります。権力を集中させずに分割し、どこかで誰かが偉くなっても国を独裁できない仕組みです。つまり、どんなに偉くなっても征夷大将軍には決してなれないという仕組みです。


●天皇による統治を意味する「シラス」


 少し話が先走ってしまったので、続きを述べていきましょう。明治憲法体制のキーワードは、シラス、分権、天皇の免責、天皇に成り代わるものをつくらない、縦割り、分散などです。

 シラスとは、「しろしめす」「しらしめす」ともいう、天皇による統治を意味する言葉です。「日本の国は天皇陛下がしろしめす」等といった形で使われます。シラスとは、現代語で言えば「治める」「統治する」という意味です。これがなぜ古語においては「シラス」になるのかについては、いろいろな解釈があります。特にこの言葉を巡っては、井上毅という人物が大日本帝国憲法を作る時に、いろいろと考証をしました。その中で井上は、「シラス」、つまり天皇が政治を治めるという点に日本の政治の本分があるということを喝破し、大日本帝国憲法の第1条を、この言葉を使って書こうとしました。

 しかし翻訳等の問題もあり、やはり「統治」や「治める」といった現代語が、憲法の条文としては良いだろうということになり、「シラス」という言葉は使われませんでした。草案者である井上毅の考えに従えば、憲法の第1条は「大日本帝国は天皇がシラス(しろしめす)国である」という精神で、書かれているということです。

 とはいえ「シラス」という言葉は大して難しいものではありません。私達が普通に、「知らす」「知らせる」「知らせ合う」という言葉を使う時と、ニュアンスは変わりません。「結局のところ、誰もがこのように思っていますよ」ということを、天皇が取りまとめて知らせるという意味です。井上毅はこのことを鏡に例えて説明しま...
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