「教養は頭の中にある、情報は頭の外にある」――そう語る橋爪氏。リーダーは緊急事態など重大な局面において即決することが求められるため、頭の中にある教養はそのための血肉となった知識のことを指す。対して、情報は頭の外にあるため、都度調べる対象にすぎない。現代の情報社会では基礎知識の習得や自ら結論を出す訓練がおろそかになり、生成AIに依存する精神構造が加速している。今こそ情報に振り回されないためのリベラルアーツの真価が問われている。(全7話中第4話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
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●教養は頭の中にある。情報は頭の外にある
橋爪 生成AIでどうなるかですね。
―― そうですね。ですから、そうなってくると当然、社会的な要請というものが随分と変わってくると思いますし、冒頭いろいろとAIのお話をいただく中で、本当に価値判断とか、決断とか、新しいものを生み出す力とか、そういうものが求められてくる。いわゆる「何かうまくまとめましたよ」とか「判例を全部分かっていますよ」とか、そういうものがだんだんいらなくなって、むしろそれを上回るものが必要になってくるとなると、なんとなくリベラルアーツに求められるものも変わってくると思うのですが、そこはいかがですか。
橋爪 インターネットや情報がそういう社会になってだいぶ変わってきて、特に生成AIができてから随分変わったけれど、情報と教養の違い(はというと)、教養は頭の中にある。情報は頭の外にある。だから、情報は調べる。教養は調べない。大事なことは頭の中に入っている。
リーダーは、緊急事態など重大な局面では即決しなければいけないということもある。軍隊は緊急事態の連続です。文書を書いている暇もないわけだから、部下が報告をしたら、それを聞いてすぐ口頭で命令する。記録はその日の晩にゆっくり書く。こういう習慣があります。
(ですから、重大な局面では)即決です。即決するというのは、結構複雑な状況で特殊な前提が出てきて(いるから)、選択肢をいくつか自分で考えるわけです。そのとき、最善のものを決めないといけないけれど、一体どうやっているか、本人も説明できないはずです。
リーダーはそのためにいる。けれど、他の人に代わってもらうことができないから、そうすると、いろいろなデータを全て(集めて)事前に勉強して、頭の中にしまっておかないといけない。
それから、いろんな思考実験をして、「こういう場合はこう」「ああいう場合はああ」というように予行演習をしておかないといけない。本人はそんな意識がないかもしれないけれど、そういうことを始終考えてないといけない。こういう人がリーダーです。軍人がそうです。ビジネスリーダーがそうです。政治家がそうです。思想家とか、知識人とか、世の中をリードしていこうという決意と覚悟と能力のある人はみんなそうです。
こういう人が一握りいて、社会の残りの人はそういう人がどういうことを言うかよく聞いて、理...