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「人間天皇」を否定した三島由紀夫が現代日本に問うもの

天皇のあり方と近代日本(4)三島由紀夫VS東大全共闘

片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授/音楽評論家
情報・テキスト
世界中で価値観の分断が進み、社会が大きく割れている。ここで想起されるのが、1969年の「三島由紀夫vs東大全共闘」の両極に割れた討論会である。この討論会で、東大全共闘は天皇を罵り嘲笑する一方、三島由紀夫は「この天皇は立派な方だから尽くす」というオールド・リベラリスト的な考え方を斬って捨てた。三島が見据えてみたものとは何だったのか。三島のメッセージが現代に突きつけるものとは何か。(全7話中第4話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:12:16
収録日:2021/11/02
追加日:2022/01/06
タグ:
≪全文≫

●「人間として尊敬できない」天皇や皇族が出たときにどうするか


―― 特に、一つの思考実験的に考えると、今のアメリカなどが象徴的にそうですが、トランプ派と民主党の戦いのように完全に価値観が分断してしまっていて、国論を二分するような価値観の違いが生まれています。

 それはアメリカだけかというと決してそうでもなく、ヨーロッパも、「超保守派」のようなことをいわれることもありますが、やはりいろいろな価値観が相当先鋭的に衝突する社会が、とくに先進国のなかでは目立ってきています。

 そうなると、陛下が寄り添おうと思っても、どちらに寄り添っても、一方からは「何でそっちなんだ?」という批判を浴びてしまう。社会が割れてしまえば割れてしまうほど、難しくなってしまうところがあるのだろうと思います。

 それでいえば、参考として考えるべきことが幾つかあると思うのですが、そのうちの一つが「三島由紀夫vs全共闘」です。あれは、たしか昭和40年代だったでしょうか。

片山 そうでしたね。

―― あれは、あの時代の非常に象徴的な議論だったのだろうと思います。そこでは、当時学生であっただろう全共闘の方々は、ここでは憚られるような罵詈雑言を天皇に対して相当に浴びせ続けています。

 片や三島は三島で、まさに今の問題に通じるような問題提起をしています。「誰々天皇がご病気だった、誰々天皇が偉かったというなかで、今の天皇陛下が偉いから私は尊敬するという価値観は、小泉信三のようなオールド・リベラリストの議論であり、私はこれに与しない」。天皇というのは連綿と続く美しさなのだという議論を展開しているわけです。

 あのときの、対極に分かれた何か不思議な空間というものが、今になって改めて問題性を提起してくるような気もします。三島がいっていた「あれはオールド・リベラリストのあり方であって、自分の天皇像とは違うのだ」という問題提起については、片山先生はどのようにお考えになっていますか。

片山 三島由紀夫の指摘や問題設定のしかたというものが――彼も没後50年を超えたわけですが――、改めてじわじわと深く、「そこにポイントがあったな」と効いてきている感じはします。

 やはり、「人間として尊敬できる」天皇というものを追求していくと、「人間として尊敬できない」天皇や皇族が出たときにどうするのかという問題になる。

 代々の天皇やそれを取り巻く皇族全員が皆「人間的に尊敬できる」のか。「人間的に尊敬できる」ことがはっきりするためには、単なるキャラクターとしての演出されるのではなくて、戦後の民主主義のなかでのマスコミが何もかも報道する時代のなかで、いろいろなことが報道されて、「この人は尊敬できる」ということにならなくてはいけない。つまり、裸にされたうえで尊敬できるような人でないと、そうはならない。

 ところが、そんな人間のありように耐えられる人は、世の中にそうたくさんいるものではない。仮に皇族に対して、どれほど倫理道徳に関して徹底的な教育を生まれたときから施して、どれほど超モラリストのような人になるように一生懸命育てようとしたって、うまくいかないかもしれません。


●「戦後民主主義・平和主義」がオールドファッションになるとき


 そういうことを考えた場合に、「人間としてきちんとしている。尊敬できる。立派だ。だから、天皇は立派だ」という、戦後の人間天皇のありようはどうなのか。昭和天皇自らがいったことに徹底的にシフトし続けると、昭和天皇は確かに立派だった。その皇太子も、やはり父親のいろいろな思いを継いで、立派であろうとして、あれほど大変な時代のなかで成功を収めた。

 ただ、そこでは「どうやって立派に見えるようにするか」ということで、平成の天皇は「戦後民主主義・平和主義国家としての日本」ということで一枚岩的にうまくいくと考えて、それを貫徹したわけです。憲法9条と護憲の精神、民主主義を守ろう、平和を守ろう。

 だから退かれるときもやはり、昭和と違って「平成には戦争がないことがよかった」と何度もおっしゃいました。災害があったからよくなかったということよりも、戦争がなかったから、やっぱりよかったのだということを強調されたわけです。

 これは、まさに戦後憲法の平和主義であり、平和国家日本のありようです。国民を最大限に束ねられる一つの価値がそこにあり、戦後民主主義と平和主義とのセットで、「憲法9条を守り、国民が平和に暮らせるようにする」ところに落ちていく。多様な価値観の国民がどんどん増えていくにしても、「平和憲法が大事でしょう」「戦後民主主義は大事でしょう」「日本は戦争をしないのが大事なのです」ということで束ねられる世代的な声を背負われました。

 平成の後半になると時代もだいぶ変わってきます。た...
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