昭和20年(1945年)8月15日、玉音放送により外地の日本軍には武装解除命令が下った。しかし、駐蒙軍司令官の根本博中将はこれを拒絶し、ソ連軍との戦いを継続した。ソ連軍や中国共産党軍に対して武装解除すれば、内蒙古に在住する4万人の邦人の生命・財産が脅かされると熟知していたからである。上官からの度重なる停戦命令に対し、根本は「国民の生命を守る」というもう一つの軍人の本義を優先し、命がけの抗命を決断した。組織の命令に従った関東軍とは対照的に、パニックを防ぎながら最後まで邦人を守り抜こうとした、根本の覚悟と戦後の激闘について語る。(全4話中第2話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●武装解除なし…8月15日玉音放送終了後も戦い続けた根本中将
門田 戦争が終わりましたということで、昭和20年(1945年)の8月15日に玉音放送を彼ら駐蒙軍の司令官、幕僚たちは放送局で聴いているわけです。「玉音放送があるから集合せよ」ということです。張家口放送局だから、一般のラジオとは違います。そこで受けて、そのまま聴いていたのですが、そのときに「堪え難きを堪え 忍び難きを忍び」ということで敗戦の玉音放送がありました。
玉音放送は、内地にいる人間、軍にとっては戦争に負けましたということですけれど、外地の人間、軍にとっては戦争に負けたので武力行使を停止せよということです。すなわち武装解除命令なのです。関東軍(総司令官)の山田乙三大将はその武装解除命令を受けて、武装解除をするわけじゃないですか。(でも)、その隣にいた駐蒙軍(司令官)の根本中将は、それを拒否するわけです。
そこで、彼の電報(を見ると、そ)の中には、なぜ武装解除しないか、(その内容)が入っているのです。「この人は軍人の本義を常に胸に持っていて、これを貫いた人だ」ということがその電報で分かったのです。それをご紹介します。
その電報の前に、まず彼がやったことを話します。8月15日、玉音放送を聴いて、みんな泣いていますよね。幕僚たちがみんな泣いているのですけれど、その後、全内蒙古に向かって張家口放送局から放送させるから準備をしておけということで、彼はまずそこでパニックを防ぐことをやっているのです。それは何かというと、「日本は戦争に敗れ、降伏いたしました。皆さんは今後のことを心配していると思います。しかし、わが部下将兵たちは、みな健在であります」という放送をするわけです。これはパニックを防がないと(いけないからです)。戦争に負けたということになると、周りは外地で、日本ではありませんから(何が起こるか分からないからです)。
―― しかも、満洲の厳しい状況はもちろん伝わってきているわけですよね。
門田 もちろん。そうすると、日本(国内)だと泣けるわけです、「戦争に負けた」と。けれど、外地にいる、内蒙古に在住している4万人の人は泣くわけにはいきません。自分の身が危険にさらされるということですから。
そうすると、「わが部下将兵たちは、みな健在であります。わが軍は、私の命令がないかぎり、勝手に武器を捨てたり、...