駐蒙軍司令官・根本博が終戦時に下した、ソ連軍に対する反撃と在留邦人救出の決断。根本の決断の背景には、情報将校としての優れた「情報力」があった。ソ連軍の暴虐を予見し、一方で中国軍の敵将・傅作義の人格をも緻密に分析していたからこそ、迷いなき決断が可能であった。しかし、その決断の裏には深い葛藤が存在した。日記に記された禅の公案「南泉猫を斬る」との遭遇が、己の本義を貫く確信を彼に与えたという。最終話では、単なる勇猛果敢な軍人像にとどまらない、繊細で緻密な名将のリアルな苦悩と、歴史を動かした情報の重要性を解き明かす。(全4話中第4話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
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●そもそもソ連が約束違反――根本と樋口の情報分析の共通点
門田 根本博は中国の専門家ですから、(中国関係の)知り合いが多く、敵にも知り合いがいます。そうすると、ここで停戦交渉に署名しないといけない。そのとき、向こうには鈕先銘(ニュウセンメイ)という日本の陸士出身の、日本語ペラペラの人物がいる。この人物がカウンターパートとなって、いろいろな交渉をやるのです。
蒋介石は、スターリンが関東軍をシベリアに連れていったようなことは全然しませんでしたから、邦人4万人も含めて全部で100万人を超える兵力が支那全体にいたわけですけれど、それも無事に帰す。邦人ももちろん無事に帰します。一番最後、昭和21年(1946年)8月に根本は帰ってくるのですけれど、抑留するわけでもなく、戦争にまた参加させるでもなく無事に帰してくれたことを、彼は恩義として受けとめるのです。
その恩義を返すために、彼のもう一つの(戦い、つまり)駐蒙軍のときのこととともに、戦後の戦いがあるわけです。それが台湾を救うこと。いまだに台湾が中国になっていない理由がそこにあるわけですけれど、その話も、非常にすさまじいといえばすさまじいのです。
―― 早坂先生、今までの根本の動きについて(どう思いますか)。
早坂 戦後処理ですよね。私は、根本が行った、在留邦人を帰国させるという、その処理の経緯を見ていると、樋口と共通する点で情報将校だったということがまずポイントだと感じます。
根本は支那(中国)の専門ですけれど、敵対していたソ連の情報は最前線で取っていたわけです。ですから、自分たちが武装解除にそのまま応じたら、ソ連はどういうことを起こしたか、明確に浮かんでいたと思います。これは樋口もまさに同じで、占守島で自分たちが反撃に出なかったらどうなるか、分かっていたと思います。ですから、それがこの決断につながっていたという流れになる。そういった意味では、情報に広く通じていたという部分が、まず土台にあったのだろうと思います。
それから、もう一つ。そもそも論ですが、私が感じるのは、根本が上の命令には従わなかった形になる。ソ連側から見たら日本軍は約束を破っているということになると思うけれど、そもそも約束を破っているのはソ連です。日ソ中立条約を破ったのが発端になって、それ以降のことは今、門田さんからお話があった通りですので、そ...