終戦直後、ソ連軍から「即時降伏せよ。さもなくば指揮官を戦犯として死刑に処す」という脅迫のビラが内蒙古の張家口方面で撒かれた。緊迫する幕僚会議で意見が真っ二つに割れる中、駐蒙軍司令官の根本博中将は「私を戦犯にするというが如きは児戯に類することである」と断言。自ら戦車に体当たりしてでも戦う覚悟を示し、ソ連軍の夜襲を退けて張家口の丸一陣地の死闘を制した。その間に、4万人もの在留邦人を一人も死なせずに北京・天津方面へと送り出すことに成功。だが根本は、急遽、北支那方面軍司令官に任命されることとなり……。緊迫する「戦後の死闘」について語る。(全4話中第3話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●「私を戦犯にするというが如きは児戯に類する」――戦闘継続の命令へ
門田 そうすると、15日から3日目の8月17日に、ソ連軍の飛行機が張家口に飛んできて、ビラが撒かれます。ビラはこういう内容だったのです。
「日本はすでに無条件降伏している。関東軍もまた日本天皇の命令に服従して降伏した。だが、張家口方面の日本指揮官だけが日本天皇の命令に服従せず、戦闘を続けているのは誠に不思議である。直ちに降伏せよ。降伏しないならば、指揮官は戦争犯罪人として死刑に処する」
こんなビラが撒かれていますと言ったら、すぐに連絡が来て、丸一陣地に敵の軍使がやってきました。軍使は何を言っているかといえば、彼も同じことを言いました。「直ちに降伏しないと、指揮官は戦争犯罪人として死刑に処する」と。だから、ビラと軍使の口上は同じです。
そこで、幕僚会議が開かれます。そこで(意見が)真っ二つに割れるのです。後になって考えたら、何日に何があると分かるけれど、その場に身を置いてみたら、同時進行で(進んでいるので、)いつまでにやらなくてはいけないのか、どこまで戦うのかということも分からないではないですか。
―― 相手あってのことですからね。要するに蒋介石軍がいつ来るかも分からないと。
門田 それでも、8月いっぱい戦って終わりにしますということだったら、まだ後ろが見えている(から分かる)けれど、後ろが全然見えない。(戦闘は)9日から始まって、9日間も戦っている。このへんでいいのではないかと言う人もいる。幕僚会議は幕僚会議でやっているけれど、それで(意見が)真っ二つに割れてしまったのです。だから、軍司令官に来てもらわなければいけないということで、根本中将をお呼びするわけです。
それで、根本中将がそこに入ってきた場面からですけれど、根本は(体が)大きくて、でっぷりしている。みんな息をのんでいるところへ入ってきて座り、「今、意見が真っ二つに割れております」という説明があった後、根本が何と言ったか。「諸君、私を戦犯にするというが如きは児戯に類することである」と言ったのです。(つまり)子どもの戯れに類することであるということです。そして、「ソ連は私を戦犯にするとのことだが、私が戦死したら、もはや戦犯にしようとしても不可能ではないか。もし諸君の中に戦闘継続に対して躊躇する者があれば、私自身が今から丸一陣...