●ホメロスの感動をソネットにした夭折の詩人ジョン・キーツ
それでは、これから6回の講義を行っていきます。タイトルは「ホメロス叙事詩を読むために」。1回目の今日は、「ホメロスを読む」というお話をさせていただきます。
ホメロスというギリシア最古の詩人の名前は聞いたことがあると思います。彼の作品で、現在まで残っている『イリアス』と『オデュッセイア』について、皆さんにご紹介していきます。
少し時代は下りますが、18世紀末から19世紀初めにイギリスで活躍したロマン派の詩人、ジョン・キーツの詩を一つ、最初にご紹介します。この人の名前もご存じの方が多いと思いますが、若くして亡くなった詩人です。彼が21歳ぐらいのとき友人の家を訪れて、夜明けまでかかってホメロスの『オデュッセイア』を読んだ、その感動をそのまま詩にしたものがあります。
"On First Looking Into Chapman’s Homer"(チャップマンのホメロスを初めて見て)というソネット(14行詩)です。このチャップマンというのは、シェイクスピアと同じ時代に活躍した詩人ジョージ・チャップマンのことで、ホメロスの詩を英語に訳した人です。それを若きキーツが読んで、感動の詩にしたということです。
14行ありますが、最初の2連を音読してみます。
Much have I travell'd in the realms of gold,
And many goodly states and kingdoms seen;
Round many western islands have I been
Which bards in fealty to Apollo hold.
私は、黄金(こがね)なす領域をたくさん旅した。
数多くの立派な有様や王国を目にした。
西方の島々を数多く経めぐったが、それは
吟遊詩人たちがアポロンへの忠義で保持するもの。
これは、オデュッセウスの旅を自分も経験して、それを詩にしたということで、この詩自体が英文学の一つの傑作に数えられているものです。
●2700年前の詩人が時代を超えた感動を与え続ける理由
このお話は、ホメロスという古代ギリシアの詩人が、西洋の文学を通じて、どの時代にも新たな感動とインスピレーションを与えてきたことの一例です。初めてホメロスを読んだ20歳過ぎのキーツは、夜明けまで読み耽り、朝10時までに詩をつくって友人のもとへ送り届けたと言われています。そうした感動を伝えてくれると思います。
キーツが読んだホメロスという詩人の作品は、古代ギリシア最古の叙事詩であり、紀元前700年頃に書かれたものです。後ほど詳しくご説明しますが、それが現在まで受け継がれ、ヨーロッパのみならず世界文学としても最古の古典の一つとなっています。
古典は数多くありますが、西洋文学の古典を一つだけ挙げろと言われたら、多分これが挙がるだろうと思っています。皆さんにご紹介するとともに、私も一生の間に何度も味わいたいと思う作品です。
ホメロスは今から2700年前の詩人ですので、現代の私たちからするとはるかに遠い世界のように思えます。時間も古い時代ですし、場所も違えば文化も違う。しかし、いったんこの世界に入ってみると、多分皆さんの目の前でその人たちが活躍しているような有り様を彷彿するのではないかと思います。
つまり、私たちと同じように生き、そして死んでいった人間たちの物語であるということで、人間や人生についてのエッセンスが詰まっている作品です。
これをどのように読み解くか。イントロダクションに当たるようなお話を、少しずつしていきたいと思います。
●六脚韻の魅力を『イリアス』冒頭で味わう
では、ホメロスをどうやって読むのかについて、少し考えていきましょう。「叙事詩」というからには「詩」です。叙事詩は英語で"epic"、ギリシア語で「エポス」です。まず、最初の部分を読んでみます。
これが、『イリアス』の有名な冒頭の7行です。詩全体の趣旨を表して、非常に印象的な部分です。
今の読みで明瞭に伝わったかどうかは分かりませんが、1行ずつが6脚からなっている「六脚韻(hexametros)」と言われている詩です。"hexa"は六つを表します。1行が全部6脚からなっているわけです。「長・短・短」「長・短・短」が6回数えられるということで、これが『イリアス』と『オデュッセイア』では1万数千行続きます。非常に長大なものですが、1行1行は全く同じ長さです。ですから、同じようなトーンが続いていく感じで、今読んだのも、意味を知らずに聞いていると、なんとなく歌のような感じがすると思います。
古代ギリシアの人たちは、ホメロスがこれを朗唱したものを聞いていました。つまり読む詩ではなく、基本的には今のように多少節をつけたりして歌い、聴くというのが叙事詩というものでした。
●ホメロス叙事詩を楽しむ二つの秘訣
叙事詩については後ほどさら...