●村上春樹の作品を初期から高く評価
もう1人、拙著の主題である、江藤淳さんよりもだいぶ若く、ある意味で江藤さんに挑戦した文芸評論家ともいえる加藤典洋さんの代表作の1つに、『村上春樹イエローページ』という本があります。
村上春樹さんは今でこそノーベル文学賞をとるのではないかといわれるようになって久しいのですが、「村上さんの作品は軽い風俗小説であって、売れてはいるがそれほど深みはない」と文芸評論業界では貶されていた時期が長かった。それに対して、加藤さんは初期から、「いや、それは違う。村上さんの小説は本当に素晴らしいものを持っている」と熱心に主張された先駆者でもありました。
この『村上春樹イエローページ』はどういう本かというと、まず刊行されたのは1996年、平成の序盤頃です。当時、まだ村上さんは文壇では評価が低かったのですが、「そんなことない。この人はすごいのだ」ということを書いた本であります。1996年に単行本が出て、その10年後の2006年に幻冬舎文庫になっているのですが、文庫になるまでに19刷だったというから、かなりのヒットです。それほど「村上春樹は、評論家の人は皆バカにしているけど、僕はいいと思う」という人に対して、「でしょう?その良さはここから来ていると思うよ」ということを教えてくれた書物でもあるわけです。
今日振り返って面白いのは、この本のタイトルにあるように――「イエローページ」とは電話帳のことです――少しデータブックのような性格もある書物であることです。
当時、加藤さんは明治学院大学で先生をしていたのですが、自分一人で書くのではなく、ゼミ生を中心に計31名――謝辞の形で名前が残っているのですが――を動員して、この時点で村上さんの長編小説は8冊あったのですが全長編を2年間かけて、しかも一人で読むのではなくて(約)30人がかりで徹底的に読解したのです。
普通は何かを読む際にメインのストーリーを追って読むだけでそんなところは読み飛ばしてしまうというところまで徹底的に考察するということを行った本が、この『村上春樹イエローページ』という本です。
ある意味で、人力でビッグデータ分析をしているようなところもある書物です。それこそ生成AIがとにかくひたすらデータとしてテキストを読みまくって、「どうもこういう表現が来たら、次はこういうふうに言うものらしい」ということを学...