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『三四郎』とは真逆!?『それから』の結末とその世界観

いま夏目漱石の前期三部作を読む(6)『それから』の世界観と結末の意味

與那覇潤
評論家
概要・テキスト
夏目漱石
出典:Wikimedia Commons
夏目漱石が『それから』で描く主人公・長井代助と父の価値観の対立は、これこそ現代社会に当てはめて読むと非常に興味深い。裕福な一家を築いた父と兄の成功を、代助は運によるものだと冷ややかに捉える。そして、明治期の教育制度の問題や資本主義の批判など、時代背景には多くの矛盾が渦巻く。最後は三千代との関係で家族と決別して行き場のない人生をたどるが、その結末は『三四郎』とは真逆の姿を描いている。いったいどういうことなのか。今回は代助の心理的葛藤をもとに、『それから』の世界観とその結末の意味について解説する。(全9話中第6話)
時間:12:30
収録日:2024/12/02
追加日:2025/04/06
キーワード:
≪全文≫

●父親の価値観を象徴する家訓を拒絶する代助


 ところが、こういう感覚はお父さんには通じないのです。まあ、当然といえば、当然ですが。このお父さんは、いわば明治維新の第一世代です。どうももともと仕えていた藩で家老か何かをやっていたらしく、この父の家に行くと、父が座っている頭の上に、「誠者天之道也」(まことはてんのみちなり)という家訓があるのです。誠は新選組のあの誠です。つまり、誠を尽せば、それは天の道であるから、もう誰にでも通じるということです。誠実であれば必ず受け入れられる、ということが家訓として書いて貼ってあるのです。

 なぜこのようなものが貼ってあるかというと、まだ明治維新の前、お父さんが藩に勤めて、家老ないしは勘定奉行のようなことをしていたとき、藩の財政が疲弊してお金が足りなくなってしまいます。このとき、お父さんは、お金を持っている町人のところに行くと、侍なのですがわざと刀をはずして、頭を下げて、「頼む。返せるかどうかは正直分からん。分からんが、しかしわが藩のためだ、頼む」と言って、町人たちを説得してお金を集めます。しかも、藩の財政の立て直しに成功して、お金は返したということでした。

 つまり、そこまで頭を下げれば、町人たちもお金を貸してくれたのです。誠で、誠実さを見せれば誰にでも通じる、そして結果も開けるんだ、ということが、お父さんの成功体験なのです。それが家訓として貼ってあるわけです。これは藩主に感謝されて、このように書いてくれたらしいのです。

 それなのに、長井代助はこの額が甚だ嫌でしょうがないというように、漱石はいうのです。しかし代助は、違うだろう、明らかに運とかがあって成功しているだろう、「俺は誠実だったから成功した、じゃないよね、父さん」と思っているのですが、それはやはりお父さんには通じないのです。

 しかも、代助にとってたちが悪いことに、このお父さんはその後の明治維新の際に、戊辰戦争に従軍したことがあるのです。それで、代助が来ると「誠は天の道」であると延々と説教をして、「おまえは何でいつまでもぶらぶらしているんだ。そろそろこういうふうに生きるということを、おまえも決めたらどうなんだ」例えば「嫁をもらう気はないのか」というように、ずっと説教してくるわけなのです。

 そこで、「誠者天之道也」プラス何をいうかというと、「俺は戦争に行...
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