いま夏目漱石の前期三部作を読む
この講義シリーズは第2話まで
登録不要無料視聴できます!
▶ 第1話を無料視聴する
閉じる
この講義の続きはもちろん、
5,000本以上の動画を好きなだけ見られる。
スキマ時間に“一流の教養”が身につく
まずは72時間¥0で体験
なぜ『門』なのか?反知性主義の時代を生き抜くヒント
いま夏目漱石の前期三部作を読む(9)反知性主義の時代を生き抜くために
與那覇潤(評論家)
なぜこの小説は『門』と題されているのか――『門』の終盤で主人公・宗助は寺での禅の修行を体験するが、悟りの門を開くことはできなかった。しかし、そこで墨売りの行商人の生き方に触れ、人生というのは、鉄道のように目的地に行くという直線のイメージでは捉えることはできないと気づくのである。前期三部作を通して、夏目漱石は反知性主義が横行する時代において、知性者が否定に陥らずに生きていくための示唆を与えている。(全9話中第9話)
時間:12分47秒
収録日:2024年12月2日
追加日:2025年4月27日
≪全文≫

●墨売り行商人と自分を対比する宗助の迷い


 そこで非常に印象に残るのが、どんな人が修行に来るのですか、というようにお坊さんに聞くわけです。そのお坊さんが、いろんな方がいらっしゃいますよ、と教えてくれるのですけれど、そこで非常に印象的に描かれているのが、「中に筆墨(=磨る墨のこと)を商う男」、この人が鎌倉のお寺には定期的に修行に来るのですよという話を、宗助は聞くのです。

 この人はどういう人かというと、墨は小さいので行商ができるわけです。たくさん墨を背負って、「墨、買いませんか」と言って売り歩いていました。20日なり30日なり歩いて売って回り、お金を作るのです。そして、お金を作って全部売り尽くすと、寺に来て坐禅するわけです。

 ところが、坐禅していると、そのうちお金もなくなり、食べるものもなくなります。そうすると、また墨を背負って売りに出ていって、それで売り切ってお金が少し貯まると、また寺に帰ってきて坐禅をするわけです。その繰り返しで生きている人がいるのです。

 この話を聞いた宗助はどう思うかというと、「宗助は一見こだわりの無さそうなこれらの人の月日と、自分の内面にある今の生活とを比べて、その懸隔(=違い)の甚だしいのに驚ろいた。そんな気楽な身分だから坐禅ができるのか、あるいは坐禅をした結果そういう気楽な心になれるのか迷った」と書いているわけです。

 この人の場合は、墨の行商人だったわけですけれど、実はこの宗助は、崖の上にあるあのお金持ちの大家の坂井の家で、別の行商人に出会っています。その別の行商人は甲斐の国、つまり山梨県ですが、そこから反物を売りに来ている行商人です。その行商人をお金持ちの大家の家でたまたま見たときは、大変そうだなと思ったのです。

 重たい反物をたくさん背負ってきて、しかもこの大家はお金持ちなのに、けっこう買い叩くのです。「もう少し安くしてくれないか」などと言って買い叩いたりしていますから、宗助は大変そうだなと思い、うちも苦しいけれど1個ぐらい買ってあげようか、などと気の毒に思うのです。そういうことから、行商人といえば大変そうな人、うちよりも大変そうな人と思って帰ってきたのです。

 その後、お寺に行ってみたら、「こんな方もいらっしゃいます」と言われて、墨の行商人を知るのです。行商人ですから住所がないようなもので、行商しているか、寺...

スキマ時間でも、ながら学びでも
第一人者による講義を1話10分でお届け
さっそく始めてみる
「芸術と文化」でまず見るべき講義シリーズ
おみくじと和歌の歴史(1)おみくじは詩歌を読む
おみくじは「吉凶」だけでなく「和歌や漢詩」を読むのが本当
平野多恵
クラシックで学ぶ世界史(1)時代を映す音楽とキリスト教
音楽はなぜ時代を映し出すのか?…音楽と人の歴史の関係
片山杜秀
なぜ働いていると本が読めなくなるのか問答(1)読書と教養からみた日本の近現代史
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で追う近現代史
三宅香帆
百人一首の和歌(1)謎の多い『百人一首』
『百人一首』の歌が選ばれた理由とは?今も残る3つの謎
渡部泰明
葛飾北斎と応為~その生涯と作品(1)北斎の画狂人生と名作への進化
葛飾北斎と応為…画狂の親娘はいかに傑作へと進化したか
堀口茉純
『源氏物語』を味わう(1)『源氏物語』を読むための基礎知識
源氏物語の基礎知識…人物関係図でみる物語の流れと読み方
林望

人気の講義ランキングTOP10
逆境に対峙する哲学(1)日常性が「破れ」て思考が始まる
逆境にどう対峙するか…西洋哲学×東洋哲学で問う知的ライブ
津崎良典
過激化した米国~MAGA内戦と民主党の逆襲(2)MAGAの矛盾と内戦の現状
MAGA内戦勃発…なぜトランプがMAGAの敵になってしまうのか
東秀敏
折口信夫が語った日本文化の核心(1)「まれびと」と日本の「おもてなし」
「まれびと」とは何か?折口信夫が考えた日本文化の根源
上野誠
豊臣兄弟~秀吉と秀長の実像に迫る(4)信長の直臣、秀吉の与力としての秀長
最初は信長の直臣として活躍――武闘派・秀長の前半生は?
黒田基樹
「重要思考」で考え、伝え、聴き、議論する(1)「重要思考」のエッセンス
重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ
三谷宏治
戦争とディール~米露外交とロシア・ウクライナ戦争の行方
「武器商人」となったアメリカ…ディール至上主義は失敗!?
東秀敏
ChatGPT~AIと人間の未来(1)ChatGPTは何ができて、何ができないか
ChatGPTは考えてない?…「AIの回答」の本質とは
西垣通
何回説明しても伝わらない問題と認知科学(1)「スキーマ」問題と認知の仕組み
なぜ「何回説明しても伝わらない」のか?鍵は認知の仕組み
今井むつみ
平和の追求~哲学者たちの構想(1)強力な世界政府?ホッブズの思想
平和の実現を哲学的に追求する…どんな平和でもいいのか?
川出良枝
熟睡できる環境・習慣とは(1)熟睡のための条件と認知行動療法
熟睡のために――自分にあった「理想的睡眠」の見つけ方
西野精治