●日本人にとって今こそ読み直すべき作家は夏目漱石
皆さま、こんにちは。評論家の與那覇潤です。21世紀もいよいよ四半世紀を過ぎてと呼ばれる時期に近づいているわけですけれど、多くの方が「こんなはずではなかったのではないか、この21世紀は」とお感じでいらっしゃると思います。
特にこうした教養動画、教養講座を見ていらっしゃるような、知的であろうとする、なるべく自分の頭でものを考えて、知性的に世の中を理解していこうとしている人ほど、「何でこんな時代になってしまったんだ、21世紀の世界は」と思われていないでしょうか。
例えば、「反知性主義」と呼ばれるような振る舞いを示す大統領が、選挙をしても何回も選ばれてしまうとか。いやいや、これはやはり国際法の観点から見て、こっちが悪いのではないか、という戦争を仕掛けても、結局、それで通ってしまうのではないのかとか。いったいこの世の中、どうなってしまったんだと。21世紀というのはもっと人類にとって非常に輝かしい時代になるはずではなかったか、と考えておられる方が、きっと多くいらっしゃるのではないかと思います。
ある意味で、そうした時代を予見していたともいえる、そしてそうした時代だからこそもう一度読み直すべきだといえる作家が、日本人にとっては夏目漱石なのではないのかということで、この講座ではお話をしていきたいと思っています。
●メンタルの病とともに書き上げた三部作と「修善寺の大患」
なぜ夏目漱石に注目するかというと、夏目漱石は、作家になる前は東京帝大や一高で英語の先生をしていた、インテリ中のインテリ作家だったわけです。実際、それで弟子も多く、芥川龍之介が有名ですけれど、多くの弟子を育てた、非常に知性のある人としての作家である一方で、彼は生涯を通じて体調の不良に苦しんだ人でもありました。胃潰瘍を患ってよく入院したり、静養したりすることがあったというエピソードが有名ですけれど、やはり「神経衰弱」という言い方で彼の小説にはよく出てきますが、メンタルの面でも非常に苦しんだ作家でした。
実際に「修善寺の大患」という、漱石好きの方、漱石研究をやられる方は必ず言及されるエピソードがありますけれど、この講座で取り上げる三部作を書き終えた直後ぐらいに、あまりに胃の調子が悪いので、修善寺のお寺に行って静養をしていたら、もっともっと具合が...