かのジャン=ジャック・ルソーも平和問題を考えた一人である。個人の「自由意志」を尊重するルソーは、市民が直接参加して自分の意思を反映できる小さな単位を基本としつつ、国家間紛争を解決する手段を考えた。「自由の追求」に重点を置いたルソーの考える、国家間平和の在り方とはどのようなものであったか。(2025年8月2日開催:早稲田大学Life Redesign College〈LRC〉講座より、全7話中第4話)
※司会者:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●「暴政と戦争こそ人間にとっての最も大きな災厄である」
川出 さて、このような形で、国家と国家を組み合わせてみるといろいろな可能性があるのではないかということをさまざまな論者が議論していたのですが、ここにジャン=ジャック・ルソーに登場してもらいたいと思います。
ルソーは非常に思想的、哲学的に鋭く、深く、豊かなところがあり、今までのような議論と全くかけ離れていることをいっているわけではないのですが、問題の所在を鋭くえぐるような議論を展開します。
ルソーはなかなかかっこいいことを言います。こんなことを言うわけです。「暴政――もう少し耳馴染みのある言葉で置き換えれば『専制』でしょうか――と戦争こそ人間にとっての最も大きな災厄である」といった認識を示します。そして、「暴政を克服する、戦争を克服する。これができなければ、政治理論の名に値しない」と言うわけです。
実際にルソーが見るところ、現状はどうなっているのか。一国内ではまさにホッブズが描き出したように「自然状態」は克服されて戦争状態からは脱却したけれど、その代わりとして抑圧的な専制支配に服してしまっている。つまり自由を失ってしまった状態にある。しかし、そのような形で一国内に「平和」が出来上がってその抑圧に苦しんでいるのだけれど、ひとたび目を国外に転じると、そこは相変わらずの「自然状態」である。そこでは頻発する戦争があって、人々はその戦争にも苦しめられる。そういうことです。
戦争状態を克服するために抑圧を受け入れることは間違っているかもしれないけれど、しかしそうした抑圧的な政府もないような状態(つまり国家間関係)においては、戦争によって苦しめられる。これがなんという人間にとっての不幸ではないか、というわけです。
●ルソーは安易なコスモポリタニズムには批判的だった
川出 さて、そこで一見分かりやすい解決方法が考えられるわけです。これは、ルソー自身がそう言っているわけではなく、ルソーを読んでいる研究者が「ルソーがここで言わんとしているのはこういうことではないか」ということを与える1つの解答があるのです。
それは何かというと、ホッブズの議論のルソー版といったようなものです。ホッブズの場合には抑圧的な専制国家が支配するという形で決着しているから、ルソーにとって...