新撰組については、司馬遼太郎はじめ後世の歴史作家がイメージをつくっていった部分が多い。たとえば、「土方歳三はバラガキと呼ばれていた」といわれるが、地元の伝承を調べていっても、それが本当なのかどうかは謎なのだという。また、土方歳三は健脚とのイメージも強いが、当時の常識から見るとどうだったのか。また、天然理心流にまつわるさまざまな説も、深く追っていくと見え方が変わってきて……。江戸時代のことは、「江戸時代の常識」から考えなければ、本当のところは見えてこない。土方歳三の実像に迫りながら、食生活をはじめ江戸時代の人の生活事情について現代人との違いも交え解説する。(全9話中第3話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
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●土方歳三の「バラガキ」イメージは本当に正しいのか!?
―― 近藤勇の場合には先ほどもお話のあったように、ここ(日野)に剣術を教えにきていたというところで、当然、天然理心流ということになると思うのですけれど、この天然理心流の特徴はどういうところになるのでしょうか。
松下 実戦を想定した剣術であったとよくいわれます。木刀を使って実戦形式の稽古を中心に行っていたといわれています。どうしても農民剣術というイメージが強いのですけれど、実際、そこまでひどく(はなく)レベルが下に見られているというほどのものではありません。
―― (ただ、)比較的そういう描かれ方をすることが多いですよね。
松下 そうですね。これはやはり『新選組血風録』、『燃えよ剣』の影響が非常に大きくて、お話の筋的に、本当に無名の、何もない若者たちが実力だけでのしあがっていく。けれど最後はハッピーエンドにならない。そういう話の流れで非常に人気になりましたので、そのイメージが強いのです。近藤勇の「試衛館」といわれているあの道場が田舎のぼろ道場のように描かれたのは、『燃えよ剣』がほとんど最初なのです。
―― そうですか。
松下 それ以前はそこまでひどい描かれ方をしていないことが多いですし、実際に道場主が農民だからといって、即座にみんなに馬鹿にされるかというと、そんなことはないのです。
―― そのあたりもぜひ後ほど伺ってまいりたいと思います。今、近藤勇の話を聞いてきましたが、となるとやはり土方歳三の話を聞かなければいけないというところで、土方歳三については、堀口さん、いかがですか。
堀口 土方歳三に関しましても、イメージを強く作っているのは司馬遼太郎先生が書いた『新選組血風録』と『燃えよ剣』だと思うのです。
その中で「この付近では歳三のことを石田村のバラガキと呼んでいる」という(表現があり)、この「バラガキ」というワードが強烈でした。いわゆる茨のようなことであり、触れると棘が刺さるような、とげとげしたエネルギーに満ちた若者像として「バラガキ」という言葉を作っていると思うのですけれど、これ自体も本当に土方歳三のことをみんな「バラガキ」と呼んでいたのか。ということで、どうなのでしょうか。
松下 そうなのですよね。「バラガキ」の出典は分からないのです。
―― 分からないのですか。
松下 分からないの...