平和のための「国家連合」。このアイデアの源はサン=ピエールなのだが、現在ではカントの著作『永遠平和のために』が起源だともてはやされることが多い。その理由としては、「なぜ国家連合が必要なのか」「そもそもなぜ平和が必要なのか」に対して、明確な答えをカントが著書『永遠平和のために』の中で述べているからである。その答えとは何か。今回は、カントの思想に触れながら、さらにカントやサン=ピエールの理想と現代の「国家連合」の現実とを比べてみる。(2025年8月2日開催:早稲田大学Life Redesign College〈LRC〉講座より、全7話中第5話)
※司会者:川上達史(テンミニッツTV・アカデミー編集長)
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●サン=ピエールとカントの「決定的な違い」とは?
川出 さて、そろそろフィニッシュです。いろいろな人を登場させて、またカントかよという印象もありますので、ここは少し駆け足でお話ししたいと思います。
実は標準的なテキストでいうならば、サン=ピエールはそれほど重視されていません。まさにカントの『永遠平和のために』という作品が、国際連盟、国際連合、EUの起源であるともてはやされるところがあります。サン=ピエールもかわいそうなのです。非常に厚い本を書いている。(一方)カントは、岩波文庫でもうペラペラで、すごく短い。そして彼は明らかにサン=ピエールのことを知っているわけです。フランス研究者としては「カントはずるい」というところもあって、少し意地悪な気分にもなります。
ただ、そうはいっても、サン=ピエールとカントで、1点だけ決定的に違うところがあります。それは、カントの名誉のためにいっておかなければいけないし、おそらく平和の問題を考えるときに、今でも重要な問題だと思います。なぜそもそも連合国家(国家連合)をつくって、紛争を武力ではなく法によって解決する必要があるのか。その根拠、その動機です。「国際連盟をつくろう、国際連合をもっと改革してやっていこう」「なぜ?」という、その部分です。
サン=ピエールの議論は、先ほどもご紹介しましたように、すごく分かりやすい。「平和は誰にとっても利益になる」という確信です。
なんとなく実感としては「そうかな」と思うのだけれど、でもこれは本当なのか。場合によっては戦争(武力に訴えた)のほうが利益になる局面もある。端的にいえば、武力において優越している国家にとっては、そんな面倒くさいことをするより、さっさと武力行使してしまったほうが国益の追求になるという局面があって、それが何度も何度も繰り返されているという状況があるので、長期的には平和は誰にとっても利益になるのかもしれないけれど、利益の論理だけでは結局、先に進めない。
サン=ピエールのジレンマは、勢力均衡やリアリズムなどといわれているものと(彼の平和構想は)実はそれほど違わないところがあるわけです。「どの国も国益追求したいという発想だ。真の国益とは戦争がない状態なのだ」とサン=ピエールは言うのだけれど、現実にはそんなに簡単ではない。...