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伊藤博文暗殺…日本近代化で本当にいいことがあったのか
いま夏目漱石の前期三部作を読む(8)『門』の世界観と日本の近代化
與那覇潤(評論家)
「この世の中はデタラメにできている」…実家に残された屏風の売買を通じて世の中の不条理を感じた『門』の主人公・宗助。その後、略奪した妻の元夫である安井が戻ってくることを知ると、逃避するようにして禅の修行へ向かうが、これは『三四郎』のエピソードが形を変えたものであると與那覇氏は語る。今回は、明治維新後に起こった満洲での伊藤博文暗殺という歴史の激動を取り上げながら、『門』の世界観と日本の近代化への批判について解説する。(全9話中第8話)
時間:10分31秒
収録日:2024年12月2日
追加日:2025年4月20日
≪全文≫

●この世の中はデタラメ…屏風売却問題で描かれた『門』の世界観


 そのこと(編注:文明を身につければ身につけるほど、自分の頭で考えようとすればするほど、人は実は不幸になっていくのではないか)がよく分かるのが(次のことがらではないか)。結局、この夫婦、主人公の宗助の不祥事のせいで実家も傾いてしまって、宗助のお父さんは死んでしまい、弟の小六の面倒を宗助が見ることになってしまうのですが、いろいろ遺品とかを形見分けをしても、あまりいいものは残っていないのです。もう家が傾いていましたから。

 ただ、江戸時代の酒井抱一という画家の描いた屏風だけが、微妙にちょっと価値ありげな遺品として残っていて、全然不相応なのですけれど、一応それだけは崖の下の家に実家から引き取って宗助は持ってきていたのです。しかし、とにかく家計が苦しいのと、屏風は1個いいのがあってもあまり意味がないので、宗助と御米の夫婦は、これを売ろうという決意するわけです。

 そしてこの夫婦が、これを売りますということで古物商を家に呼んで、「この屏風は酒井抱一なのですけれど、いくらぐらいになりますか」と聞くと、最初、その古道具屋は「6円」と言うのです。それで、「えーっ」と驚いて、「一応名のある画家です、抱一のものですよ」と言っても、「いやあ、抱一は最近流行らないですよ、6円」と言うのです。それで、売ろうと決意したけれど、6円はないだろうと思い、「それならいいです」と断ります。

 ところが、その古道具屋は、「あの屏風ですが」と別の日にまた来るわけです、物欲しげに。「そこまで言うならもうちょっと上げてもいいんですけれどね」などと言って、「どうですか」と聞くと、最初は「6円」と言いましたけれど「35円」と6倍ぐらい値段が上がったのです。そこで35円ならばまあいいかということで、この宗助と御米の夫婦は、実家の形見の屏風を手放すわけです。

 ところが、この買い取った古道具屋はその後何をしたかというと、もっと金を持っている崖の上の坂井の家、つまり大家の家に、屏風を持っていって売っていたのです。そこで、もっと金を持っている大家でもある崖の上の坂井は、いくらお金を古物商に払ってその屏風を買ったかというと、なんと80円払っていたのです。しかも、80円ならお買い得だろうと思って坂井は払っているわけです。

 同じ屏風なのに、最初は6円。では、...

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