●「黄金のりんご」と「パリスの裁定」
『イリアス』という叙事詩のバックグラウンドを説明すると長い話になりますので、本当にかいつまんで、どういう神話かということだけをご紹介しましょう。
海の中に女神テティス(Thetis)が住んでいました(この名前も重要になります)。さまざまな背景があり、人間のペレウス(Peleus)という男と結婚させられます。ここから生まれたのがアキレウス(Achilleus)です。
彼らの結婚式の場に呼ばれなかった神がいる。エリスという争いの女神です。そこで、「仕返しのため、ちょっといたずらをしてやろう」というので、神々が集まった婚礼の場に黄金のりんごを落とします。そこには「最も美しい女神に」と書いてありました。
そうすると、ヘラ(Hera、ゼウスの妻)、アテナ(Athene、知恵の女神)、アフロディテ(Aphrodite、愛の女神)の3人が「私よ」と手を挙げて争いになった。では、だれに決めてもらおうかというので、裁定者に選ばれたのが、その当時羊飼いをしていた美男子の王子パリスです。
ヘラはパリスに「私を選んでくれたら、アジアの王様にしてやる」と言い、アテナも「戦いにおける勝利」を約束する。アフロディテは「世界で一番美しい女をおまえにあげよう」と言ったのです。
●ヘレネとパリスの駆け落ちがトロイア戦争の発端
パリスは、アフロディテを選ぶ。女神は約束を果たして、世界で最も美しい女性といわれたヘレネを彼と結ばせる。ヘレネはスペルタの妃です。現在もギリシアの地方にスパルタという場所がありますが、ヘレネはそこのメネラオスという王の妃だったのです。
パリスはそこに客人として逗留していながら、妃ヘレネと駆け落ちをしてしまいます。財産を持って故郷のトロイアに戻ってゆくのです。裏切られて妻を寝取られたメネラオスは、当然怒ります。メネラオスの兄は、ギリシアで最も力のあったアガメムノンという王で、その兄弟が復讐のためにトロイアに戦争を仕掛けようとします。
当時は、いくつもの王国が並在していた時代です。さらに、皆がヘレネを競い合った時に、「誰がヘレネの夫になっても、他の者は皆協力する」という盟約が結ばれていました。そのヘレネが若者に連れ去られたため、ギリシア中の英雄が集められ、仕返しのためにトロイアへ奪還に行くことになったのです。
そこから始まったのがトロイア...