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ホメロスの『オデュッセイア』が描く苦難と誘惑の冒険譚

「ホメロス叙事詩」を読むために(5)オデュッセウスの冒険

納富信留
東京大学大学院人文社会系研究科 研究科長・学部長・教授
概要・テキスト
『オデュッセイア』<上>(松平千秋訳、岩波文庫)
ホメロスの二つ目の叙事詩『オデュッセイア』は、トロイア戦争終結後、10年間さまよい続ける英雄オデュッセウスの旅を描いている。前半では怪物や魔女の誘惑と闘争が語られ、後半は故郷に帰ってからの悶着が復讐劇をなす。喜劇も殺戮場面もある、よりエンターテインメント性に際立った作品といえよう。(全9話中第7話)
≪全文≫

●『オデュッセイア』を読む


 ホメロスの叙事詩は『イリアス』『オデュッセイア』の二つがあります。『イリアス』は、アキレウスの怒りというものを歌う、トロイア戦争10年目の最後の場面に集中して、人間の生き死にを描いた悲劇でした。もう一つの『オデュッセイア』は、もう少し楽しい作品で、あえていえば喜劇のような要素を持っています。

 『イリアス』より少しサイズは小さいですが、全24巻からなる壮大な叙事詩『オデュッセイア』という作品を見れば、何よりも物語としてのエンターテインメント性が際立ちます。非常にさまざまな仕掛けと印象的な場面を連ねていて、どの場面をとっても非常に面白いと思います。

 また、全体の構成がかなり凝っていると私は思います。前半部と後半部では、場面がだいぶ違います。最初の12巻を中心にした前半部では、オデュッセウスという英雄のいわば冒険物語が繰り広げられます。未知の国を経めぐって、怪物や魔女などと渡り合うというおとぎ話のようなお話で、これはこれで非常に面白い。後半、オデュッセウスが自分の故郷に戻ってからは徐々に仕掛けを増やし、最後は自分を裏切った連中を一挙に殺してしまうという復讐劇になります。後半は、どちらかというとサスペンスもののような感じです。

 そういった意味でいうと長く大きな作品なのですが、少し趣向の違う場面があるのと、それらが織り合わされて一つの物語になるというのが特徴となっています。一番最後で前半と後半が全てまとまって、一つの大団円として決着につながるわけです。


●戦争には勝ったが幸せになれない英雄


 この話はトロイア戦争が終わった後のことです。トロイアが10年たって陥落します。アキレウスは、戦争終結の一歩手前で死んでしまい、最後にトロイアを陥落させるのはオデュッセウスという英雄の知恵によるものです。それが有名な「トロイアの木馬」です。

 「オデュッセウス(Odysseus)」が人の名前で、「オデュッセイア(Odysseia)」が作品の名前です。オデュッセウスはもちろん力も強いのですが、主に知恵で人々に貢献しました。「トロイアの木馬」では、木馬の中に人が潜み、内側から城を落とそうという策略が見事にはまり、最後トロイアは陥落します。

 プリアモスをはじめトロイア方の人たちは、死んだり、奴隷として連れ去られるなど、悲惨な運命を迎えます。戦争の常ですね...
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