●現代でも使われる枕詞、その実例
今回から「和歌のレトリック」というテーマで、連続してお話をさせていただきます。
和歌という日本古来の詩には、「これこそ和歌なんだ」「こういうふうにすると和歌らしいな」と感じさせるような、独特な表現の在り方があります。これを一つ一つ取り上げながらご説明していきたいと思っています。
最初は枕詞についてお話しします。枕詞は現代でも用いられます。例えば、「取りあえず」はビールの枕詞といわれますが、酒場でビールを注文するときに、何となく「取りあえず」と言ってしまうことがあります。このように、何かある言葉があって、次にある特定の言葉が出てくる。そのとき、どうやら枕詞というものを使うらしいと思われているからこそ、そのように用いられるわけです。
その枕詞とは具体的にどのようなものか、まず例を見ていただきたいと思います。
枕詞が用いられた和歌が最も多く収められているのは、日本最古の歌集『万葉集』です。そこで、『万葉集』の中から3つ例を挙げます。
「居明(ゐあ)かして君をば待たむ ぬばたまの我が黒髪に霜は降るとも」
「一晩中、あなたをお待ちしましょう、私の黒髪に霜が降っても」という意味です。この中の「ぬばたまの」が枕詞です。これが、黒髪の「黒」を導き出しています。
「あしひきの山のしづくに 妹(いも)待つと我立ち濡れぬ山のしづくに」
「山の雫に、あなたを待って、私は立ちつくしたままびっしょり。そう、山の雫に」という意味です。この場合は、「あしひきの」が「山」を導き出す枕詞になっています。
「玉藻刈る沖辺(へ)は漕がじ しきたへの枕のあたり忘れかねつも」
これは、「玉藻刈る」が「沖」あるいは「沖辺」を導き出す枕詞であり、「しきたへの」が「枕」を導き出す枕詞になっています。つまり、この和歌では2つの枕詞が使われているということです。
●枕詞は不思議さいっぱいの言葉である
ここから、枕詞の特色を3つの点で表すことができます。第一に、四音の場合もありますが、主として五音からなります。第二に、多くの場合、実質的な意味はありません。第三に、常に特定の語を修飾します。
ここで、まず確認していただきたいのは、枕詞がなくても意味は十分通じるということです。例えば、1番目の和歌から枕詞(ぬばたまの)を抜くと、「居明かし...