テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

西洋文学の最高傑作ソフォクレス『オイディプス王』の魅力

ギリシア悲劇への誘い(4)『オイディプス王』を読む

納富信留
東京大学大学院人文社会系研究科教授
情報・テキスト
今なお西洋文学の最高傑作と名高いソフォクレスの『オイディプス王』。古くから伝わるオイディプス伝説をもとに時代的側面を反映させながら、主人公のオイディプスが否応なく巻き込まれる運命と、それに対峙する人間の苦悩を描いたソフォクレスの劇について解説する。(全7話中第4話)
時間:11:20
収録日:2021/03/30
追加日:2022/02/15
≪全文≫

●文学の最高傑作『オイディプス王』


 それでは、ギリシア悲劇の中で、何といっても誰もが代表作と認めるソフォクレスの『オイディプス王』という劇を取り上げて、少しずつテーマを分けながら、ご紹介していきたいと思います。

 ギリシア悲劇の作品は現在まで33作品が完全な形で残っています。どれもそれぞれ良さがありますが、やはり衆目一致して「ナンバー1」といわれているのはソフォクレスの『オイディプス王』という劇です。

 あらゆる意味で最高傑作で、特に西洋文学の最高傑作という評価もあります。場合によっては、もしかしたら世界文学のトップに入るかもしれない、すごい作品です。ご存じない方はぜひ1回翻訳などでお読みいただきたいと思います。あるいは蜷川幸雄さん演出作品のDVDも出ていますので、観ていただければと思います。

 「オイディプス」という名前は聞いたことがあると思いますが、これを英語読みすると「エディプス」です。フロイトが言った「エディプス・コンプレックス」とは、父親に対する息子のコンプレックスのことで、それはわれわれの心に根差しているものです。このフロイトがつけた「エディプス」という有名な名前は、母親をめぐる父親との争いで父親を殺すというこの劇が由来になっています。

 オイディプスは名前で、これ(『オイディプス王』)は有名な話ですし非常に面白いのですが、ストーリーを全部紹介するのは大変でネタバレしてしまうので、申し訳ないけれども必要なところだけ少しかいつまんでご紹介します。ミステリー仕立てなところもありますので、詳しくはそれぞれで読んでいただければと思います。


●ホメロスが描いたオイディプスとの違い


 さて、オイディプスという名前の人物は、かなり古い時代の人物で『イリアス』や『オッデュセイア』より前にあったギリシア神話に出てきていました。ホメロスの『イリアス』と『オッデュセイア』の中に、このオイディプスについて少し言及されるシーンがあります。ソフォクレスがつくった劇はおそらく紀元前430年頃に制作されて上映されたと推定されています。ギリシア神話の時代から本当に離れた時代に、その設定でつくられた劇なので、実はディテールがかなり変わっているのではないか、さらにいうと、ソフォクレスが変えているのではないかと推測されます。

 これについては、さまざまな資料が残っているわけではないので、ある程度推測になってしまうのですが、ホメロスが言っているものと劇で出てくる設定がだいぶ違います。どういうところが違うか、2、3点ほどポイントを挙げていきます。

 ソフォクレスの劇でオイディプスは最後に町を追放されるのですが、4人の子どもがいることになっています。4人の子どものうち2人は女の子で、アンティゴネとイスメネです。他の2人は男の子で、あとで喧嘩をします。

 その4人の子どもは、イオカステという実のお母さんと(息子の)オイディプスとの間に生まれた子どもという設定になっています。これは想像するだけでもかなりおぞましく、あり得ないと思います。ですから、どうもホメロスの時代の神話ではそうなってはいませんでしたし、イオカステとの間の子どもではなくて、その後にできた子どもということになっていたらしいのです。ある意味で、もしリアルなことが起こるとしたらそちらのほうがあり得ると思います。つまり、実のお母さんと知らずに何十年も生きて、4人も子どもをつくるのは、およそ考えられないということです。

 このあたりのことはもしかしたらソフォクレスの時代の創作で、より怖い設定になっているということです。そしてホメロスの伝承から見ると、オイディプスはどうも奥さんであるイオカステが死んだ後も、盲目のままテーバイにとどまったことになっているらしいのです。しかしソフォクレスの『オイディプス王』では、最後に目を潰してテーバイから追放され、放浪するという設定になっています。これもやはり、より危機的な状況が増幅していることになると思います。


●緊密な劇構成で人間の苦悩を描き出す


 そして、もう一つ面白い点は、一番最初が町に疫病が流行っている場面だということです。この部分はこれから朗読しますが、疫病は今のコロナと同じで感染症です。ペストかコレラのような、もっと怖い感染症だと思います。それによって人びとが(数多く)死んでいる状況で、オイディプスはこれには何か原因があるはずだと考えます。神様から実は穢れがあると聞いて、その犯人捜しをしていくというスタートです。

 これはこの時代だからではないかといわれています。どういうことかというと、トゥキュディデスという歴史家が詳細に書いていますが、ペロポネス戦争が始まった後、紀元前430年から429年頃には、アテナイの町で疫病が大流行しました。そして、かの...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。