●『オイディプス王』では15人のコロスが長老たちの設定で登場
このシリーズ講義では、ソフォクレスの『オイディプス王』という劇を素材として取り上げて、一つの見方をご説明しています。全部を分析するのは難しいですが、前回“Tragic irony(トラジック・アイロニー:悲劇的アイロニー)”の話をしましたが、もう一つ注目してみたいのは、“Choros(コロス)”の役割です。
コロスについては少し説明しましたが、実はギリシア悲劇はもともとはコロスと呼ばれる合唱隊の歌から発祥したといわれています。『オイディプス王』という劇の中では、テーバイの長老たちの設定で15人のコロスが出てきます。野外の劇場なので、彼らが粛々と外から入って来て歌うところから本格的に劇が始まり、その人たちが最後に歌って出ていくところで劇が終わるのが、全体の構成です。
私も初めて読んだ頃はそうだったのですが、最初のうちはコロスが歌う場面が面白くないと思ってしまいます。特に読み物として読んでいる場合には、ストーリーにあまり関係がない、そして言っていることがよく分からない。神話的なことや曖昧なことをたくさん言っているので、何となく読み飛ばしてしまいます。劇として、あるいはミステリーとして読もうと思うときには、あまり関係がないように思ってしまうかもしれません。実はもともとギリシア悲劇がこのコロスの歌から始まったことが重要であるということを、今日は少し見ていきたいと思います。
コロスは合唱隊で、皆、男の人たちです。特定の役割、つまり、劇の中である役割を果たします。役者の人たち同士で話すところもありますが、役者の人とコロスの間で掛け合いをすることもあり、またコロスだけで何か言うときもあります。劇の舞台の中の一部ですが、オイディプス王やイオカステ、クレオンなどの人たちと比べると、キャラクターがすごく濃いわけではなく、集団でいろいろ言ったりしています。
●ギリシア悲劇の構成
ここ(ホワイトボード)に書いたものは少し分かりにくいと思いますが、ギリシア悲劇は詩なので、本当に構成が難しく、いろいろなパーツが順番に組み合わされていきます。第何幕とはいいませんが、こういうものを組み合わせていきます。(ホワイトボードの中で)赤で囲った部分はコロスが歌う場面です。
最初にオイディプスと神官が言葉を掛け合い、次にパロドスがあります。エペイソディオン(Ep)は歌と歌の間で、役者同士が喋るものです。これは今「エピソード」といっている単語のもとになっています。要するに、パロドスなどがメインで、真ん中のエピソードは間です。
「スタシモン(St)」と呼ばれている、定位置に立って歌を歌う場面があります。「コンモス(Com)」は哀悼歌で、役者と掛け合いもしますが、歌を歌います。その2つが交互に入り混じります。赤で囲った部分が主にコロスが歌う部分です。
「歌う」と言いましたのは、現代ではわれわれは想像するしかないのですが、おそらく楽器を伴って歌われるということです。つまり音楽だったのです。ミュージカルやオペラのような感じです。たぶん悲しい、あるいは怖い音楽を伴っていたと思います。もともとはこの部分が悲劇の中核だったということになります。
そういう意味でいうと、通常われわれが劇と思っているもののように、役者と役者が何かセリフを交わしたり、討論したり、いろいろとお喋りしたりする場面の間に挟まっている場面が、音楽を伴って歌として歌われました。それが何なのかが、ギリシア悲劇を理解する際の大きな鍵になる部分だと思います。
本当にちょうどこのコロスの歌に挟まれた部分で、話がポンポンと展開していきます。最初は疫病の原因を追求しようという話から始まります。そのあと(オイディプスが)テイレシアスを呼び出して怒り、ある意味ではクレオンに八つ当たりをします。それでイオカステがやって来て「いやいや、あなたそんなに怒らないでくださいよ」となってくると、実はその話から「えっ、もしかしたら自分が殺人者かな」という話が出てきたりするのです。さらに先に進んでいくと、別の人物が絡んだりして「実はあなたはテーバイの生まれだった」ということが、だんだん分かってきてしまうのです。
そういう意味でいうと、まさにこの挟まれた部分のエペイソディオンで、人びとのやりとりによってポンポンと次々にステージが進んでいきます。ミステリーでいうと、解明が一段階ずつ進んでいく合間に15人のコロスが歌います。
●観客の代弁者であるコロスの役割
そのため、コロスの立ち位置が面白いと思います。そもそもこれは神に捧げる歌なので、役として歌っているのか、儀式として歌っているのか、分からないところがあります。どの悲劇でもコロスがいますが、だいたい普通の町の人...