●『ノルウェイの森』で「僕」につかれている嘘
もう1つは、より有名な、大ベストセラーになりました1987年の作品『ノルウェイの森』です。ここでも、実は語られていないこと、嘘がつかれていることがあるのではないかと加藤典洋さんは読んでいる。
『ノルウェイの森』は大ベストセラーですからご存じの方も多いと思いますが、ある種の三角関係といった小説になっています。主人公の「僕」には、最初に好きだった人として直子というヒロインがいる。この人は、恐らく精神を病んでいて、サナトリウム的な施設に入っていて、最後は自殺してしまうわけです。そして、だんだん向こうからアプローチしてきて、「僕」を好きになってくれる緑という2人目のヒロインがいる。ある種、三角関係っぽくなるストーリーの小説が、この『ノルウェイの森』です。
ここで加藤さんは非常に面白いことを言っています。この『ノルウェイの森』において、主人公は大学生なのですが、旅行するシーンが2回ある。1回目は、直子と体の関係を持てたのに、直子が「ごめんなさい、しばらく会えません」といったことで失踪してしまい、そのあとに北陸を旅行していたことがあった、と会話のような形でさらりと書いてある。
2度目の旅行が、読んだ人には印象に残るシーンです。とにかく直子という最初のヒロインは地方の山の中にある精神病の療養施設に入ってしまうので、それほど簡単には会えないわけです(行って会ったりはしているのですが)。
簡単には会えない間に、むしろ向こうから自分を好きになってくれる積極的な女の子の緑が現れて、ある意味で不倫関係のようになる。(つまり)三角関係っぽくなる。ところが、直子とはなかなか会えず緑と付き合っているうちに直子は自殺してしまったというニュースが入り、主人公の僕はとても落ち込んで、それこそ髭ぼうぼうの姿になって、今度は山陰地方を放浪するという、非常に有名なシーンがあります。
作品の中で2回旅行をしているのですが、加藤さんはいろいろな手がかりから、「これも信頼してはいけない物語ではないか。むしろ本当は、旅行は1回しかしていない。直子と付き合っていたのだが直子が自殺してしまった。ショックで1人旅に出た。旅から帰ってきたところ、2人目の緑という女の子と知り合って、その子と付き合い始めた」というのが本当の物語で、この語り手の「僕」は、本当は...