ユダヤ教、そこから派生したキリスト教、イスラム教、いずれも共通の絶対神を信仰する一神教だが、信仰を維持するための実践に違いがある。そこにはそれぞれの「物語」が存在するのだが、これら3つの宗教の「物語」の違いとはなにか。ユダヤ教的な厳格な実践がもたらす信頼関係についても解説する。(全9話中第3話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
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●ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の共通点と違い
―― そのような中で、今、いろいろな話が出ましたけれど、ユダヤ教から派生して生まれていった宗教として、キリスト教もありますし、イスラム教もそういうことになるわけですよね。
鶴見 そうですね。
―― このご本の中でもその関わり合いがかなりのパートを使って印象深くお書きになっていました。非常に子どもみたいな質問なのですが、信じている神様自体は一緒ということになるのですか。
鶴見 そうですね。それはそれぞれ、ユダヤ教徒も、キリスト教徒も、イスラム教徒も、あるいはそれぞれの宗教の公式見解としても、信じている神は同じであると(いうことで)、これは間違いないのです。
―― ヤハウェというか、その世界に1人しかいない神様が、この3つの宗教で同じだと。
鶴見 そうですね。呼び方はそれぞれの言語で違うのですけれど、同じものを指し示しているという共通了解はあります。
―― そうすると、それぞれの違いについてはどう理解すればよろしいのでしょう。
鶴見 これもこれ自体で1つの講座ができるぐらいの話ではあるのですけれど、簡単にいえば、一神教を守るために、どう実践するのかの違いといってもいいです。あるいは、物語がそれぞれの宗教の中にあるわけです。こうすればこうなるみたいな、パターンのようなものです。
先ほどから言っているような、ちゃんと守らないと神に罰せられるとか、しっかり守っていった先には終末が訪れる。特に今のキリスト教は、キリスト教でもいろいろと温度差があるわけですけれど、そういう物語があるわけですが、それぞれの宗教でその物語が少しずつ違っているわけです。
ユダヤ教の場合は、「メシア」という救世主といわれたり(したのですが)、もともとはユダヤの王、ダビデ王のような、かつてユダヤ王国があってユダヤ人に平安をもたらしていた王様がいたわけですが、王国が潰れてからは、そういうものがいなくなってしまった。いつかはまたそういう王様が現れて、ユダヤ人が安心して暮らせる国がつくられるはずだ。そういう意味でのユダヤ王を「メシア」ともともとは言っていました。ただ、そういうものが出てくれば救われるという意味で、救世主のような意味にもなってくるわけですけれど、ユダヤ教ではまだそれは現れていないし、いつ現れるかも分からない。だからコツコツと真...