「ポグロム」と「ホロコースト」と呼ばれる19世紀末から20世紀の大戦期にかけて起こったユダヤ人虐殺。なぜその時期にそのような負の歴史が繰り返されたのか。その違いと意味を丁寧に解説しながら、政治状況や権力との関係性の中で差別され、暴力のターゲットにされたその歴史を振り返る。(全9話中第7話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
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●ユダヤ人への敵視から生まれたポグロム
―― 今の見方ともつながってくる話になりますが、それこそヨーロッパ各地のいわゆる「ポグロム」といわれる虐待現象が起きる。あるいは、ナチス・ドイツが典型的ですけれど、「ホロコースト」ということで大量虐殺が行われるということで、そのポグロムとホロコーストということがありますけれど、言葉としてのポグロム、ホロコースト(についてお聞きしたいと思います)。まずポグロムとは何語になるのですか。
鶴見 もともとはロシア語です。それでだいたい民衆暴力というか、民衆が別の民衆を集団で襲ったりすることをポグロムと呼びます。ほとんどそのターゲットになるのがユダヤ人だったので、だいたいポグロムといえば、特に説明がなければ、だいたいユダヤ人がやられる事件のことを指します。
―― これは年代でいうといつぐらいが中心になるのですか。
鶴見 ポグロムと呼ばれる中で犠牲者が一番多かったのは、ロシア革命の後に起こった内戦期、あるいは第一次世界大戦からその内戦期にかけての時期、そこがピークと考えられます。その頃にはポグロムという言葉は非常に流通しています。中世に起こったユダヤ人襲撃事件も遡及的にというか、ポグロムと呼ばれたりもするので、そういう意味ではいつが最初のポグロムかはなかなか難しいのですけれど、特に吹き荒れたのは19世紀の、1881年にけっこう大きなものが起こって、(そのあとは)1903年から1906年にかけて、あとは内戦期です。そのあたりが大きなポグロムがあった時期です。
―― その言葉がある意味遡って、中世期などのユダヤ人虐待もポグロムという言葉が使われるようになったといいますが、この2つ、(つまり)中世期のユダヤ人虐待と20世紀初頭の(ユダヤ人)虐待とでは、何か違いはあるものなのですか。
鶴見 襲われたユダヤ人からするとあまり違いは感じなかったと思います。構造として、昔あった、民衆がユダヤ人の商店を襲うみたいなことはだいたいポグロムといわれるので、そこだけ切り取れば、基本的には同じことです。背景も複雑なので、なかなか一概にいえないのですが、何かしら三者構造、三者関係の中で民衆の間に、ユダヤ人が非常に敵視される状況が高まったときに爆発して起こるのは基本的には同じです。中世でも農民が不満をためて、というパターンが基本的なところです。
●ポグロムの背景に...